ソ連スターリン主義国家において農民への構造的収奪は、どのように税制化されていったか
「スターリン時代における取引税=官僚的資金調達制度」
(渋谷要『ロシア・マルクス主義と自由』(2007年刊、社会評論社――文京区本郷)第二章「革命ロシアのアルケオロジー」第十三節)。
:初出1987年「季刊・クライシス」32号、「革命のアルケオロジーのために」
渋谷要
【リード】4月9日にアップした、「ロシア農耕共同体と世界資本主義」につづいて、初期スターリン主義国家にはじまった農民からの構造的収奪の税制化としての「取引税」の問題を、見ていきたいと思います。
―――以下、【本文】
●スターリン時代における取引税=官僚制的資金調達制度
ソ連邦の工業化計画は農業の集団化と機械化─その拠点はトラクターステーション─によって、小農経営による農産物の商品化の絶対的不足を「解決」し都市労働力へのその供給を増大させたが、それは、農村における余剰労働力をつくり出し、それを都市労働力へ転化して集積した。こうして工業化を実現するエネルギーの源泉をつくり出す。また〈集団化〉は、戦時共産主義の時代におこなわれた農村からの食糧徴発、二八年からのスターリンによる「ウラル・シベリア」と呼ばれる強制穀物調達運動の考え方にたって、国民経済の総体的視野から設計された。〈集団化〉は三〇年、ロシア農耕共同体ミール解体を頂点とし、強制によって一挙的に実現された。わずか一年たらずで、主な穀物生産地域の全戸数の三分の二の農民がコルホーズに区画化された(E・H・カー『ロシア革命』、岩波現代選書、二二七頁参照)。コルホーズ・ソフホーズヘの設計主義的組織化がすすんだ。これら集団化の過程で「富農」(クラーク)とみなされた農民が、数百万単位で迫害され、虐殺された(クラーク撲滅政策)。
その場合、パルタイピラミッドは特異な徴税システムを組み立てていたことを確認しなければならない。
その特異なシステムに依って〈生産から生産のエネルギーを再領有化〉していた。一九二〇年代の後半より開始された近代化の中心は、まさにこうしたしかたにおいてであった。都市が農村を、工業が農業を再領有化する。それはプレオブラジェンスキー(トロツキー派)の「社会主義的原始的蓄積」─農業からの意識的不等価交換による工業化論をより暴力的形態で実現するものであった。
「社会主義的原始的蓄積」とは、文献としてはトロツキー派のプレオブラジェンスキー『新しい経済』(現代思潮社)がある。例えば「国営経済以外の分野の犠牲による、この分野との不等価交換に基づく蓄積である」(一一四頁)と規定されるものだ。これを農業からの取引税という税徴収で実現し、その資金を工業化計画に投入する政策だ。
トロツキー自身が書いたものとしては「理論家としてのスターリン」中にある。そこでは「過渡期の計画経済は価値法則を基礎としながらも、これを一歩一歩侵害してゆき、そして不等価交換に基づいてさまざまな経済部門の間の、なかんづく工業と農業との間の諸関係を確立する。国家の財政予算は、強制的蓄積と計画的分配に対するテコの役割を演ずる」と(『ソヴィエト経済の諸問題』所収、現代思潮社。九六頁)。
スターリンは一九二〇年代のロシア共産党党内闘争の過程では、ブハーリンとともに「社会主義的原始的蓄積」論に反対した。トロツキー派の理論は労農同盟を破壊し社会主義の基礎を掘り崩すとし、農民に犠牲を強いるのではない、個人農の育成を主張した。だが、スターリンはトロツキー追放後、二八年よりトロツキー達が言っていた工業化路線を採用していく。スターリンはトロツキー追放のためにブハーリンと同盟していたにすぎなかったのである。
かかる歴史的経緯をへてスターリンは「原始的蓄積」をつぎのような政策として具体化したのである。
まさに生産から生産のエネルギーを再領有化することにおけるその固有なロシア・ピラミッディズム的方式は取引税であり、国家企業利潤の収容である。その中心は農業からの収奪であった。開発の独裁。それは、剰余価値の新しい搾取の形態をこの国家に記億させたのだ。
取引税は「低い農業生産物調達価格と、最終的にそれよりなるかに高く消費者に売られる、生および加工された食糧品の価格との間の差(もちろん輸送費・手数料は控除した上で)から生ずる税」のことである。「たとえば一九三三年には穀物調達組織は、一ツェントネルのライ麦に対してざっと五・七〇ルーブリ支払い、このライ麦を国営製粉所へ二二・二〇ルーブリで売り渡していたので、この差額は予算の収入となった」。「一連の小売価格引き上げの後、一九三四年の末には事態は以下の如くであった。穀物調達組織のライ麦販売価格はツェントネル当たり八四ルーブリでそのうちの六六ルーブリは取引税であった。小麦の同様の価格は一〇四ルーブリで、取引税はライ麦よりもさらに高い割合を占め、八九ルーブリであった」。これらの問題は「農民生産者への支払いがきわめて低いことにある。税の負担は第一に農民にかかったのである。低価格での強制的調達は実質上、税の要素を含んでいた。…その重要性は、一九三五年に調達組織が二四〇億ルーブリを予算に寄与したという事実にあらわれている。その年の全取引税は五二二ルーブリであり、全歳入は七五〇億ルーブリであった。かくして農業は、計画の財源に決定的な寄与をしたのである」(アレック・ノーブ『ソ連経済史』、岩波書店、二四五~二四六頁)。
国家は農産物を生産費を回収できないような安価な調達価格で収容し、これを国営食品生産企業にそれよりも数倍高価格で配分する。そして、この差額による収益を工業化資本金として蓄積する。そして食品工業と繊維工業への課税を中心とする取引税は、重工業化生産費と国防費のほぼ全額をおぎない、国家収入総額の約六〇%(一九三〇~四〇年代)を占めたが、その源泉は、コルホーズ農民からの搾取によって実現されることを意味した。その割合は、かなりの値を示している。これがエネルギー領有の構造だ。
こうして取引税は国家的収奪の主要財源となったのである。それは同時に計画化における価格の監視機能、企業利潤の流出の監視、「不良」業種の調整、生活必需品の物価上昇を統制する役割を果たした。税はつまり管理機能をもったのだ。
ピラミッドの財源としての〈税〉とは、剰余価値の国家企業への取得と共にこの国家の剰余価値の資本への転化と官僚の領有のありようを示す。つまり国家共同体的収奪である。資本家が、市場価値の運動による利潤率均等化に基づいて剰余価偉の利潤への転化によるその搾取の完成へ向かうのとは異なった原理がそこに働いている。専制国家の官僚的〈領有〉権が労働者の剰余労働を搾取することを土台にかかる税的収奪をシステムとしたのである。こうしたシステムにもとづいて官僚カーストは、貴族的な分配特権と生活空間を取得し同時に教育を支配して貴族の新世代をつくり出した。生産・流通・分配の円環としての社会的交通を〈領有〉する上級の統一組織体=支配共同体前衛主義党のピラミッド。そして他方には単なる〈被搾取〉の社会的受容体であるプロレタリアート。この両項の関係は、パルタイピラミッドという形において作動しており、その設計の基礎を形づくる労働者大衆の規格化・区画化という抑圧が、官僚制国家の回路を規定していたのである。