2015年11月9日月曜日

書評 トマ・ピケティ『21世紀の資本』 渋谷要


●編集者の方へ。以下の文章で書かれているrは、リターン(return)のアールであって(文中にも説明した箇所が一か所あります)、γ(ガンマ)ではありません。イタリックあるいは斜体の表記から解説書などでもγガンマとしている人がいますが、NHKEテレ白熱講義や、伊藤誠先生の論文などすべてアールとされています。


書評  世襲資本主義と税制社会国家

――トマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房、訳・山形浩生、守岡桜、森本正史、2014年、原著2013年)を読む

渋谷要(社会思想史研究)

●はじめに

本書著者のピケティは1971年生まれ。フランス人でパリ経済学校経済学教授など経済学の研究者。本書は米国(英語版)では発売三か月余りで40万部を販売した。本書は格差社会を分析した迫真の研究書である。また米国・ウォール街の「1%」の富裕層を糾弾する運動と連動するものとなっている。

例えば昨年(2014年)9月、国税庁は2013年分の「民間給与実態統計調査」を発表した。2013年に民間企業に就労した労働者の中で、年収200万円以下のいわゆるワーキングプア(貧困層)が11199000人に達していることが分かった(1994年で774万人、177%)。民間給与所得者(5535万人、会社役員を含む)の全体に占める比率は241%。この数字は安倍政権の発足1年にして前年比で30万人、ワーキングプア層が増加したことを意味している。

これに対し年収別1000万円以上の人は前年より約14万人増加して186万人、全体の4%である。4%と241%だ。両方とも増加していることが分析として重要な意味をもつ。加えて、厚生労働省の発表によると201410月の生活保護受給者は前月比3484人増の2168393人、世帯数で3287増の1615242世帯となった。これは2013年に「過去最多」といわれた水準で推移していることを意味している。格差が拡大していることがわかるだろう。こうした格差社会の進行に対し、日本の統計も含んで、その在り様を分析し、解決策を提起しようと試みたのが、トマ・ピケティ『21世紀の資本』に他ならない。


●本書での統計の方法について

本書で使われているデータは、計量経済学者で統計学者のクズネッツの米国における「所得格差推移」(19131948)の研究資料を拡大することを出発点としている。欧米日をはじめとして「課税記録」を収集し、「高所得層の十分位(上位10%――引用者)や百分位(上位1%――引用者)は、申告所得に基づいた税金データから推計」し、「それぞれの国で所得税が確立した時期から始まり(これはおおむね1910年から1920年くらいだが、日本やドイツなどの国では1880年から開始されているし、ずっと遅い国もある)」(1819頁)。

また「相続税申告の個票を大量に集めた」。これによりフランス革命以来の富の集積に関する均質な時系列データを確立できたとしている。

これらは「コンピュータ技術の進歩により、大量の歴史データを集めて処理するのがずっと簡単になった」ことに依っているという(2022頁)。

 これだけを見ても、「搾取論」を解いたマルクスの『資本論』とは全く趣が異なっていることが分かるだろう。こうしたデータはマルクスの時代にはなかった、個人の「課税記録」、「相続税申告」のデータなどの統計を用いたものであり、搾取概念よりは完全に広く<資産>(世襲)と言うものが、中心概念となっている。ここが本書の特徴だ。


●富裕層の状態=格差の状態

本書は、第1部「所得と資本」、第2部「資本/所得比率の動学」、第3部「格差の構造」、第4部「21世紀の資本規制」の4部からなっている。ここでは、第3部での格差の在り方を概観した上で、その原因としてピケティが説明している第1部と第2部、そして第4部で展開されている基本的な考え方を確認したい。第3部でピケティは次のように述べている。

「成人一人当たりの世界平均資産は6万ユーロ」(454頁)だが(1ユーロは140円前後――引用者)、「最も裕福な1パーセント――45億人中4500万人――は、一人当たり平均約300万ユーロを所有している(大まかに言って、この集団に含まれる人たちの個人資産は100万ユーロ超)。これは世界の富の平均の50倍、世界の富の総額の50パーセントに相当する」(454頁)。

この数字は、119日(2015年)、反貧困のNGO団体・オックスファムが発表した報告で2014年、上位1%が世界の富の48%を所有し、一人当たりで270万ドル(約32千万円)に達する、他方下位80%の庶民の資産は、平均でその700分の13851ドル、合計でも世界全体の55%にしかならないとしていることからも明らかだろう。

ピケティは言う。「手元の情報によると、世界的な富の階層の上部で見られる格差拡大の力は、すでに非常に強力になっている。これは『フォーブス』ランキング(長者番付のこと――引用者)に登場する巨額の資産のみに当てはまるのではなく、おそらくもっと少ない1000万―1億ユーロの資産にも当てはまる。こちらの人口集団ははるかに規模が大きい。トップ千分位(上位01%――引用者)(平均資産1000万ユーロの450万人の集団)は、世界の富の約20パーセントを所有しており、これは『フォーブス』の億万長者たちが所有する15パーセントをはるかに上回る。だから肝要なのは、この集団に作用する格差拡大の規模感を理解することだ」(455頁)。

 

●格差の原因(r>g)

ここで問題になるのは、以上のような富裕層の相続資産である。

「この根本的な不等式をr(資本収益率、リターン(return)のアール―引用者)>g(経済成長率―引用者)と書こう(rは資本の年間収益率で、利潤、配当、利子、賃料などの資本からの収入を、その資本の総額で割ったものだ。gはその経済の成長率、つまり所得や産出の年間増加率だ)、…ある意味で、この不等式が私の結論全体の論理を総括しているのだ」(2829頁)とピケティは言う(「文末注」参照)。

「たとえばg=1%で、r=5%ならば、資本所得の5分の1を貯蓄すれば(残り5分の4は消費しても)、先行世代から受け継いだ資本は経済と同じ比率で成長するのに十分だ。富が大きくて、裕福な暮らしをしても消費が年間レント(「資本所得」のこと439頁など)収入より少なければ、貯蓄分はもっと増え、その人の資産は経済よりもより早く成長し、たとえ労働からの実入りがまったくなくても、富の格差は増大しがちになるだろう。つまり厳密な数学的観点からすると、いまの条件は「相続社会」の繁栄に理想的なのだ――ここで「相続社会」と言うのは、非常に高水準の富の集中と世代から世代へと大きな財産が永続的に引き継がれる社会を意味する」(366頁)。

 第一次大戦前の「ベル・エポック」と言われた時代は、富裕層の繁栄の時代であり、労働者階級との格差は格段に開いていた。だが、二度にわたる世界戦争と大恐慌によって富裕層の相続する富が破壊され(285頁等)、それにつづく「公共政策」の必要と高度成長に支えられ191470代までは、この資本収益率と経済成長率のかい離が狭まっていた。これを底として「U字曲線」を描いて、1980年代以降――経済成長率の鈍化による労働力の削減・価値低下が構造化される他方で――富裕層の資本収益率におうじて資産が増大した(415頁)。富の不平等な分配が拡大している。ピケティはこれを「世襲資本主義」と規定する。


●富裕税論

そこで、こうした世襲資本主義に対し富裕層の金融資産をはじめとする年間所得と資産に対して累進資本課税と相続税を軸とした富裕税が提起される。

例えば「ヨーロッパ富裕税の設計図」としては、次のようである。

「パリのアパルトマンを持つ人物は、地球の裏側に住んでいて国籍がどこだろうと、パリ市に固定資産税を払う。同じ原理が富裕税にも当てはまるが、不動産の場合だけだ。これを金融資産に適用できない理由はない。その事業活動や企業の所在地に基づいて課税するのだ。同じことが国債についても言える。「資本資産の所在地」(所有者の居住地ではない)を金融資産に適用するには、明らかに銀行データの自動的な共有により、税務当局が複雑な所有構造を評価できるようにする必要がある。こうした税金はまた、多重国籍の問題を引き起こす。こうした問題すべての解決策は、明らかに全ヨーロッパ(または全世界)レベルでしか見い出せない。だから正しいアプローチは、ユーロ圏予算議会を創り出して対応させることなのだ。……各国が通貨主権を放棄するなら、国民国家の手の届かなくなった事項に対する各国の財政的な主権を回復させるのが不可欠だろう。たとえば、公的債務に対する金利、累進資本税、多国籍企業への課税などだ」(590591頁)。

 こうした「税制社会国家」(513頁)の構想は、私見では単に税制に一面化されるものではなく、格差の是正策として、地域通貨や地域の生活協同組合運動など、例えばラトゥーシュの『<脱成長>で世界を変えられるか?』作品社、2013年、原著2010年)で論じられている内容などと<接合>する必要があるのではないか。

【注】資本収益率(r)の考え方

資本収益率とは「年間の資本収益」を、その法的な形態(利潤、賃料、配当、利子、ロイヤルティ、キャピタル・ゲイン等々)によらず、その投資された資本の総額に対する比率として表すものであり、「利潤率」や「利子率」より、はるかに広い概念だ(5657頁)。

まず「α=r×β」(「資本主義の第一法則」と定義される)の式が大切だ。

αは「「国民所得」の中に占める資本の割合」である。rは「資本収益率」で民間資本(資産と意味づけられるもの)と、それが作り出した一年間の収益との比率。βは「資本/所得比率」で、「国民資本」(=民間財産(資本、資産)+公的財産で「国富」の総資本のストック)と「年間の国民所得」(年間の、資本所得+労働所得)との比率。「国民資本」が「年間の国民所得」の何倍あるかという値、6倍だったらβは6、あるいは600%となる。

例解として、ピケティがしているように(59頁)個別企業に置きかえて考えてみよう。500万(単位ユーロ)の資本で、年間100万の所得を生産し(これがβの比率で、資本は生産された所得の5年分だから、β=5で、500%)、そのうち労賃60万、利潤40万とすると(これがαの資本取得の比率で100万の所得に対して40万だから40%)、資本収益率rは8%となる(04008×5)。

この式は国民経済総体の所得の配分に関する式であって、この国民経済のレベルでの民間「資本収益率」rが、g国民経済全体の「所得と産出の年間増加率」(経済成長率)よりも、大きい状態が、格差を生み出す関係性となる(r>gと表す)。そういう状態では「論理的にいって相続財産は産出や所得よりも急速に増える」(29頁)。相続資本(資産)を多く持つ富裕層は、資本所得からごく一部を貯蓄するだけで資本の集積を増加させることができる。またそこにおいて「資本主義の第二法則」として、βはs/g(貯蓄率s割る成長率g)とされ「年間の国民所得の貯蓄率」に対して「年間の国民所得の成長率」が落ちると、「国民資本(総ストック)」の「年間国民所得」に対する比率は上昇する。世襲資本が多い者は、より多くの割合で経済資源のシェアを拡大する(175頁)。総じて、資本(資産)収益率が高い社会が、「世襲資本主義」の社会だ。