2023年7月23日日曜日

書評「資本主義のオルタナティブとは何か――白川真澄『脱成長のポスト資本主義』(社会評論社、2023)」渋谷要

★研究所テオリアの「テオリア」編集部からの依頼原稿です。

2023年7月10日「テオリア」130号に掲載。 


書評・資本主義のオルタナティブとは何か――白川真澄『脱成長のポスト資本主義』(社会評論社、2023年)

渋谷要(社会思想史研究)

●はじめに

コロナ・パンデミックとウクライナ侵略戦争などによる、経済ナショナリズムの台頭―例えば中国依存経済からの脱却という先進国の政策や米中覇権争いに関連した「台湾有事」問題、「気候危機」、格差拡大などが複合して進んでいる。これらはグローバルな金融化資本主義・経済成長主義によって生み出されたものだ。これに対し白川真澄氏(以下、著者とする)は、資本主義のオルタナティブを「脱成長」として提起している。

第Ⅰ部「オルタナティブは何か――資本主義を超えて」で著者の社会変革の核心と考える事項を展開し、第Ⅱ部「資本主義の現在と行方」では、第一部の問題意識のもとに、とりわけリーマン・ショック以降の経済分析を展開、グリーン成長論、デジタル資本主義、岸田政権の「新しい資本主義」などを批判していく。例えば巨額の財政出動が民間の資産を富ませるというMMT(現代貨幣理論)に対する著者の批判(208頁以降)では、民間の黒字=貯蓄が増えても、豊かになるのは富裕層だけだと論じている、私としてもMMTに反対だ。

※また、「コラム」として「国家権力を取る革命から自治の革命へ―ロシア革命から100年」など、ロシアのミール農耕共同体に間接した、思想論も書かれている。

ここでは第一部、とりわけ「協同組合」と「地域通貨」の二つに焦点を当てる。

 

●現代の資本主義の「特徴」

まず本書の全体像を知るには次の論点が重要だ。著者は「乗り越えるべき資本主義」として、「五つの特徴」をあげる(本書3839頁…以下カッコ内の数字は頁を示す)。

(1)資本主義では、利潤があげられるものなら「どんなに有害なもの(武器、欠陥ある商品)であっても」商品化する。

(2)その場合、「あらゆるモノや活動を商品化し」、市場経済化する。「本来は“誰のものでもなく誰もが利用できる”共同の富、すなわち《コモン》まで商品化される。森林・土地・水から医療・情報などまでも私的に囲いこんで」売りモノにする。

(3)「労働力を商品化」する。「時間決め」で売った労働力は、労働・生産過程で雇い主の自由になり、労働者の意にそぐわない労働であっても拒否できなくされる。

※著者が59頁で述べているように、経済学者の宇野弘蔵が資本主義の乗り越えを「労働力商品化の廃絶」と指摘したというのは重要だ。資本主義的商品の生産は、社会全体における利潤原理の下、どんなものでも生産できる労働力の商品化(「資本の本源的蓄積」という)の創出をもって初めて可能となる。「商品による商品の生産」ということだ。

(4)資本主義は「経済成長を無限に追い求め」、「アクセルしかなくブレーキがないシステム」だ。それは「金融や情報というバーチャル空間」を拡大させている。

(5)「グローバル化を無制限に進行させる」。グローバル化は、商品の移動のみならず資本・生産拠点・労働力などの国際的な移動を組織してきた。それは「先進国による『南』の資源と労働力の収奪(不等価交換)の構造が確立・固定化される過程」であった。この土台の上に「多国籍企業の主導する単一の世界市場が全地球を覆いつくす新自由主義的グローバリゼーションが進展してきた」(38~39)。

 

●資本主義からの脱却

著者はこうした資本主義から脱却し「人々の社会的必要性を充たすための経済」への転換をと主張する。78頁からの「五つの柱」の定義づけと合わせて見ていく。

(1)【脱利潤原理】…利潤至上主義ではなく「使用価値」の有用性に価値を置く経済。「尊厳をもって生きる上で本当に必要なもの」として(41)、例えば医療・保育・食糧・ごみ処理などのエッセンシャル・ワークに関するものが重要だ。その場合エッセンシャル・ワークの報酬の低さが問題である。これは「労働者一人あたりの付加価値(売上高)の差からきている。生産性の産業平均を100とすると情報・通信175・0」などに対し「医療・福祉は57・7にとどまる(2018年)」、この是正が必要だ(41)という。

 (2)【脱商品化】…「商品化を抜本的に制限し、<コモン>を人々の手に取り戻し」「人びとのコントロールの下に置く」。例として「再生可能エネルギーの地域自給」=「地域住民の協同組合によるエネルギーの生産と管理」。「ワクチン開発の知的所有権撤廃」で『南』の世界の人々が安いコストで得られるようにする等をあげている。

(3)【脱労働力商品化】…「労働者協同組合でのとりくみとして労働時間の短縮・労働内容の労働者による選定・最低所得を一律に給付するベーシックインカム」などが課題となる(43)。

(4)【脱グローバル化】…「グローバル市場を規制する」。「モノ・お金・仕事が地域内で循環するローカルな市場…住民による助け合いや地域通貨は地域に固有の活動だ」、「協同組合あるいは信用金庫や信用組合も地域に深く根差すことでその強みを発揮できる」とのべる(44)。

グローバル経済の機制としては、「自立した自治体の連帯」のもとで「国家の力を利用して」規制を作り出す。

例えば「巨大IT企業に対するデジタル課税や共通の法人税最低税率、金融取引税などを導入する。…農産物の輸入自由化を規制する。遺伝子組み換えやゲノム編集の作物を禁止する。種子の自家採集の権利を保障する」。「資源採掘のための巨大開発を中止させる」などをあげている。(45)。

(5)【脱成長】…「脱成長社会に転換する」。その場合「新しいモノを大量生産し続けるフロー(=GDP)重視の経済から、蓄積されたストックを活用し共有する経済への移行」が重要だ。社会的必要性の充足を優先しケアや農業や再エネが経済の中心になることは、人手を多く要するため生産性の高くない分野が大きな比重を占めることを意味する」。それは「経済は成長しないが、雇用や働く場を」拡大するものだと述べている(45)。

  

●協同組合と市場経済とのストレス

  かかる構想を実現するのが「非営利性を原理とし環境の保全や福祉の充実などの社会的目的を追求する経済活動を展開する『社会的連帯経済』である」(82)と著者はいう。その機関としては「JA、信用組合、労働金庫」等々あるが、 「なかでも協同組合は、社会的連帯経済の最も主要な担い手の一つである。…組合員自身による経営の民主的管理」、「これが資本主義的企業や国営企業、つまり経営方針の決定は経営者や大株主、あるいは政府や官僚が行い、人びとは単なる労働者や消費者としての受け身的な立場に置かれる企業との大きな違いである。…自己統治型の企業といってもよい」と論じる(82~83)。

だが問題はここからだ。 「協同組合は…市場経済の激烈な競争の中に組み込まれている」ということだ(85~87)。

協同組合は「株主への配当や経営者への高額な報酬が不要な分だけ、コスト面で優位に立つ」→だが「大企業の価格競争力は製品の大量生産や資材・商品の一括購入、低賃金の非正規雇用の利用などによって圧倒的に強い」→「これに対抗しようとすると、低賃金・長時間の労働や従業員の削減といった資本主義的な方法に頼りがちになる」。

また生活協同組合は、有機栽培の直販など「価格面よりも品質面で優位性を発揮してきた」が→「大企業も消費者の安全性志向の高まりに対応して、大手スーパーが有機栽培や農家直接契約の農作物を供給するようになった」→「そこで、多くの協同組合は、事業規模の拡大や売上高の増大によって資本主義的大企業との競争で生き抜く安易な道を選んだ」→「事業拡大やコスト削減のために、労働者に低賃金労働を強いる。ワーカーズコレクティブの労働が、しばしば…非正規雇用と同じようになってしまう、といった事例も報告されている」などなどだ。

これらの解決のため「『適正な事業規模』の論理をつらぬく必要がある」ということだ。そうした事業体の「多種多様な協同組合」が「相互協力のネットワークを形成することが問われる」と著者はいう(85~87)。

こうした協同組合型の経済の運営で、欠くことのできない前提が、「市場経済の規制・限定」だ。「<コモン>である水道、電力、交通機関、医療、介護、教育、住宅などは、価格を付けられるとしても市場における<商品>として扱わない」。つまり需給関係によって価格が決まるものではなく「無償・低価格」で提供されるものだと論じている。それには「ローカルな市場を拡大」し、「地域内循環型経済」をつくることが必要だと提起している(90)。そこでは農業、中小企業、地方の経済が高い評価を受けるようになる。

 

●地域循環型経済——ミュニシパリズム

この「地域内循環型経済の成功にとってカギを握るのは、おカネがローカルな経済にとどまり地域内で循環することである」。グローバル化・金融化は、地域から集められたお金が、金融機関に集積し、海外での運用や投機に回される。消費された賃金は、全国的なチェーン店を経由し地域の外に出ていく。こうしたマネーを「地域に埋め戻し、人びとがコントロールできるような仕組みを創る必要がある」(94)。

こうしたローカリズムの最新の流れは「ミュニシパリズム」だという。著者は岸本聡子氏の「地域自治で、グローバル資本主義を包囲する」(『世界』、202011月号)、『水道、再び公営化』(2020年、集英社新書)などでの論考・論説を援用しつつ展開する。「グルノーブル市では食材を『公開入札』で多国籍企業から買わされる方式をやめて、地元の企業や協同組合から購入する」(学校給食の公共調達)…「それによって、学校給食、病院食、介護施設の食事の食材は、近隣農家から集めることになる」(95~96)など、いくつかの事例をあげている。

こうしたミュニシパリズムは、「国際主義、すなわち世界中の地域自治の運動との連携」を重視している。「新自由主義を脱却し、公益とコモンズを中心に置く自治を実現したいと考える都市と都市が国境を越えて協力しあおう」という実践だ(96)。

 

●ひとつの核心としての地域通貨

このポイントが地域通貨だ。「グローバル経済で流通する貨幣は、金ではなく、国民国家が発行する特定の通貨」だ。ドルが基軸通貨となっているが「私たちが前提にすべきは、貨幣の発行主体が多元化していくという流れである」(101)。

著者は「地域通貨は、多くの場合にドルや円などの国家通貨に換金できず、特定の地域内でしか流通しないという特性をもつ。…その特性が逆に重要な効果を発揮する」。「地域内で生まれた所得が外へ流出する(地域外で買い物に使われたり、企業の売り上げが東京の本社に吸い上げられたりする)ことを防ぎ、地域内でマネーが循環する有力なツールとなる」。「地域の商店や企業ができるだけ多く参加し、人びとが日常的な買い物や取引に地域通貨を用いるようになることが必要である。…デジタル技術と地域通貨を結びつけることが重要になる」(102)としている。評者(渋谷)も以上のような提起から大いに学んでゆきたいと思う。

(しぶや・かなめ 元「季刊 クライシス」編集委員(1984年第三期~90年終刊))