日米安保・軍事戦略の一環としての戦時法制――「土地調査規制法」を中心として
最終更新 2022・05・03 20:15
渋谷要
【序節】 アメリカ国防戦略と日本戦時法制
●日本戦時法制の一前提としてのアメリカ「国家防衛戦略」――対中国戦略重視
2022年3月、合衆国バイデン政権は「国家防衛戦略」(概要)を発表した。中国を「最重要の」戦略的競争相手とし「インド太平洋での中国の挑戦を優先する」としている。また宇宙・サイバー空間での脅威をあげており、対中国を重視するものとなっている。 さらに、ロシアを中国に続く「深刻な脅威」として、NATO をはじめとした同盟国と連携して対抗するとしている。
この場合、重要なことは、中国やロシアについて「必要となれば紛争に勝つ用意をする」と明記していることだ。また、朝鮮については、「過激派テロ組織」などと同等なものと見なし対応するとしている。
これよりも前、2021年11月には米国防総省は「グローバル・ポスチャー・レビュー」(GPR=地球規模の米軍態勢見直し)の概要を発表し、インド太平洋を「優先地域」として、豪州、グアムの米軍基地を拠点に中国と対抗してゆくことを打ち出している。
中国の南シナ海、台湾周辺での軍事活動はもとより、「極超音速(ハイパーソニック)」兵器の実験などが、取りざたされているようだ。こうしたことに対抗する「極兆音速兵器」開発も課題だと言われている。
豪州やグアムなどで燃料、弾薬の集積地の建設、戦闘機・爆撃機などの配備、地上部隊の訓練の実施などが、あげられ、韓国では、38度線などでの紛争を想定した攻撃ヘリコプターの部隊などの駐屯が挙げられているようだ。さらに、インド太平洋に戦闘力を集中するため、他地域の兵力などからも、インド太平洋に移動させる計画だという。また、中東でのIS(イスラム国)などとの戦闘も継続するとしている。
2022年2月にはじまった、ファシスト・クレムリンとの闘いが、激化する中、アメリカの軍事戦略地図の展開が、問われている。個々で、確実なことは、米帝の軍産複合体は巨額の収入増が見込まれるということだ。同時に、米ドル建て資産の金融投資も拡大することと思われる。
例えば、対空防衛システム「アイアンドーム」のグアムでの試用がそれだ。
グアムは中国の弾道ミサイルの射程内に入っている。このため、「アイアンドーム」などの配備があげれられている。だが、「アイアンドームが迎撃できるのは特定のミサイルに限られている。米国はこれとは別に、宇宙空間から下降して標的を攻撃する中国の弾道ミサイルの脅威に備えるため、さらに防衛能力を強化する計画だ」。空軍基地などアメリカの拠点であるグアムを防衛することが重要との認識からだ。さらに原子力潜水艦の豪州への提供なども挙げられているという。アメリカは戦略的には「AUKUS(オーカス)」(米英豪)の枠組みをつうじて、軍事力の組織化を一層図っていく模様だ。
この場合、これらのGPRのとりくみでは、「豪州や太平洋の島々におけるインフラ整備」「豪州に戦闘機や爆撃機をローテーションで配備し、地上部隊の訓練も実施する」などとしている。
アメリカの国防予算の伸びだが、2022年度(2021年10月~22年9月)の予算として総額約7777億ドル(約88兆円)。前年比で5%増である。インド太平洋地域に焦点を当てた基金「太平洋抑止イニシアチブ(PDI)」に政府の予算要求(51億ドル)をこえる71億ドルを計上している。また、予算では、北京政府による新疆ウイグル自治区での人権侵害に関連して、これらの地域で強制労働によって生産された物品の調達禁止などを定めた。アメリカの同盟国・日本との関係では、軍事能力の開発と、あらゆる分野における相互運用の促進などを、明記しているという。また、ウクライナの支援については3億ドル(前年より増額)となっているが、この額は、ロシアのウクライナ侵攻前の時点のものだということがおさえられるべきだろう。
こうした中で、2022年4月19日、中国外務省は、南太平洋の「ソロモン諸島」と「安全保障協定」を正式締結したと表明した。ソロモン諸島は合衆国と豪州をむすぶシーレーンの要衝=「拠点」である。この安全保障協定の文書には中国の軍事的な関与を認める記述があると言われている。これが事実なら、中国の軍事「拠点」になる可能性がある。これは、中ロにとっては、欧米日に対する大きなプレッシャーとなるものだ。
なぜなら、これによって、欧米日の軍事戦略作戦上に、中国が食い込んだ形が作られたことを意味するからだ。
それは、この地域のみならず、太平洋全体での戦闘力の展開計画に、変更を加えなければならない可能性がある。さらに南シナ海での紛争・争闘戦が、南太平洋でも将来、起こってゆく可能性が出てきたといえる。少なくとも、こうした安保協定での新しい「拠点」の形成は、その地域の政治的・軍事的「監視」として影響をおよぼす。
一方、アメリカ帝国主義は、ロシアのウクライナ侵攻という中で、対中重視一辺倒をそのままにするのか、それとも、なんらかの変更を必要としているのか、軍事戦略の見直しを、さらに、迫られているものと考えられる。
まさにこのように、欧米日ー対ー中ロの「帝国主義ー間ー争闘戦」は、一層激化する様相を呈している。
そして政治・軍事上での「争闘戦」ということにおいては、まさに、中国のソロモン諸島との安保協定締結にもあるように、こうした「拠点」の獲得・維持・増強ということが、軍事配置などの戦略展開をするうえでも、重要なこととなっていくだろう。こうした「拠点」をめぐる攻防や自「拠点」の運営と、拠点間の連携の在り方がとくに、注視されるべきであると考えるものである。
●日本における戦時立法の制定の意味
こうした米軍事戦略と大きくリンクし、日米の軍事一体化を展開する潤滑剤として、二十一世紀に入ってから日本では多くの戦時立法が制定されてきた。その特徴は「~を害する行為」を裁くものという国家権力が国家―市民社会に対して<禁制>を組織するものだ。
例えば、「特定秘密保護法」(二〇一三年、「秘密法」とする)のポイントは「特定秘密の管理を害する行為」と同法で規定されたものを裁くものである。さらに「改正・組織犯罪処罰法」(二〇一七年、「共謀罪」とする)のポイントは「テロリズム集団その他」が「計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」と同法で規定されているものを裁くことにある。以下に検討する「土地調査規制法(重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律)」(二〇二一年)も、そうした法律の一つだ。これらはすべて、<禁制>を組織するものだ。
さらに、その禁制の内容は、各法律で規定に違いがあるものの、総じていえば、行政独裁権力を可能とするものだ。例えば権力者が恣意的に決められるように「政令」で決裁されるとされたり(例えば「土地調査規制法」)、「準備行為」「恐れがある」という判断(例えば「共謀罪」)や「その他」「未遂」という意味不明な裁可・断定(例えば「秘密法」)を権力者がすること等々がポイントになっている。これらは<法律に違反すること=権力者の意志と指示に違反すること>あるいは<権力者の目的を害すること>を取り締まるという行政権力独裁の規範がそこから醸成されるものに他ならない。
※ 各法律の条文で、どのように規定されているかにつては、上記の二法は、詳しくは拙著では、「秘密法」(特定秘密保護法)の内容解説・批判について「【補論② 】『その他』の『未遂』で逮捕可能」(『エコロジスト・ルージュ宣言』第二章「国家基本法実体主義的社会観」【補論②】、社会評論社、二〇一五年、一一六~一二〇頁)を、「共謀罪」の内容解説・批判については「『共謀罪』=『改正・組織犯罪処罰法』の問題点」(『資本主義批判の政治経済学』第五章、社会評論社、二〇一九年、一一二~一四二頁)を参照のこと。
まさに、こうした中での土地調査規制法(「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律」)の意味もまた、市民社会に対する直接的な国家管理――「国家ー地域統制管理」を可能とする体制の始動=「改憲=緊急事態条項」の全面的発動シフトがスタートしたと分析できるものだ。
【第一節】土地調査規制法――沖縄・南西諸島要塞化などが焦点
■同法「第一章 総則」では、次のように、同法の目的を明記している(「(目的)「第一条」)。「この法律は、重要施設の周辺の区域内及び国境離島等の区域内にある土地等が重要施設又は国境離島等の機能を阻害する行為の用に供されることを防止するため」に設置されるとされるものである。ポイントは「重要施設」等の「機能を阻害する行為」を防止することにある。
そのため「基本方針の策定、注視区域及び特別注視区域の指定」をなし、その「注視区域内にある土地などの利用状況の調査、当該土地等の利用の規制、特別注視区域内にある土地に係る契約の届出等の措置について定め」るとしている。「調査、規制、届出など」がポイントになる。そして「もって国民生活の基盤の維持並びに我が国の領海等の保全及び安全保障に寄与することを目的とする」と、している。これが、第一条目的の全文だ。
そこで、この第一条で、いわれた、いろいろな言葉の定義が、次に規定されている。
■「(定義等)第二条」では。「『土地等』とは土地及び建物をいう」とある。また「重要施設」を定義して、次のようなものを挙げている。
「自衛隊の施設」、日米安保条約にもとづく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定に関する施設などをあげ、さらに「海上保安庁の施設」をあげている。さらに「国民生活に関連を有する施設であって、その機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるあそれがあると認められるもので政令で定めるもの」とされ、これを「生活関連施設」というとしている。後述するが原発などが対象だ。
国会の審議を経ることがない「政令」でさだめるというのだから、どういうものを定めるかは、政治体制・権力者などの恣意になってゆく恐れがある。
■これら「重要施設」などの、防衛のための対象となる地域が「注視区域」だ。「重要施設」の「敷地の周囲おおむね千メートル」や「国境離島」の「区域内の区域」がそれに該当するとされている(第五条)。そこでこれらの「機能を阻害する行為」を防止するため、「注視区域」を指定しなければならないとする(第五条)。またその区域の「土地等の利用状況」を「調査」(「土地等利用状況調査」という)する(第六条)。またその調査のために「関係行政機関」や「関係地方公共団体」の長その他に対して、必要な「関係者に関する情報」の提供(「その者の氏名又は名称、住所その他政令で定めるものの提供」)を求めることができるとされている。またもや「政令」だ(第七条)。 さらに「内閣総理大臣は……当該土地等の利用に関し報告又は資料の提供を求めることができる」(第八条)と規定している。これらは、不動産登記簿などの情報を意味している。
■九条では「注視区域」における罰則が規定されている。内閣総理大臣が、重要施設などの「機能を害する行為に供し、または供する明らかな恐れがあると認めるとき」は、「当該土地の利用者」に対して、機能を害する行為に「供しないことその他の措置を」とるよう「勧告」することができる。「とらなかったときは、当該者に対し」措置をとるべきよう「命じること」ができるとしている。従わなければ、この条項の「罰則」を規定した「二十二条」において「二年以下の懲役若しくは二百万円以下の罰金に処し、又はこれを屏かする」としている。「明らかな恐れ」「その他」とは、権力者の恣意的な認識、または、積極的にそう規定するということができることを意味しているだろう。
■「特別注視区域」規定と届出(13条)
さらにこの「注視区域」の中で、「他の重要施設によるその施設機能の代替が困難なもの」を「特別注視区域」に指定するとしている(第12条)。そして「第十三条」では、次のような規定を設けている。
「特別注視区域内にある土地等(……が二百平方メートルを下回らない権利(この項において「所有権等」という)の移転又は設定をする契約(予約を含み、当該契約に係る土地等に関する所有権等の移転又は設定を受ける者が国、地方公共団体その他政令で定める者である契約者その他当該契約による土地等に関する所有権などの移転又は設定)」などでの「土地等売買等契約」を「締結する場合には、当該者は、次に掲げる事項を、内閣府令で定めるところにより、あらかじめ、内閣総理大臣に届け出なければならない」とし、「当該者の氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名」(一項)、「当該土地等売買等契約の対象となる土地等の住所及び面積」(二項)、「所有権等の識別及び内容」(三項)、「当該土地の利用目的」(四項)などとなっている。
二十六条では、それらをしなかったときは、次のような罰則が発生すると規定している。これら十三条一項の規定に反して「届出をしないで土地等売買等契約をしたとき」(第二十六条一項)、十三条三項の規定に違反して「届出をしなかったとき」(同条二項)、またはこれらの「届出」について「虚偽の届出をしたとき」(同条三項)は、「六月以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する」としている。
また、二十七条では、この法が、当該所有権者などに内閣総理大臣がもとめる「資料の提供」を「せず」、また「虚偽の報告」などをした者に、「三十万円以下の罰金」を科すなどとしている。
■これら「注視区域」「特別注視区域」は、どこを、政府権力者たちは、想定しているのか。二〇二一年五月二十六日の衆議院内閣委員会理事会で、政府は、以下の候補地リストを提出している。これらは「政令」で、決定されるということ以外ではない。
「防衛関係施設」の「注視区域」(四百数十か所)……「部隊等の活動拠点」として習志野、下関、立川など、「部隊等の機能支援」として大和、宇治、東北町など、「装備品の研究開発」として下北、目黒、相模原など、「防衛関連の研究」として土浦、富士、江田島など、としている。
「防衛関連施設」の「特別注視区域」(百数十か所)……「指揮中枢・司令部機能」として市ヶ谷、朝霞、横須賀、横田など等、「警備監視・情報機能」として与那国、対馬、稚内など、「防空機能」として八雲、車力、霞ケ浦など、「離島に所在」として奄美、宮古島、硫黄島などである。
「海上保安庁施設」(合計174か所)……11管区海上保安本部(那覇)、石垣海上本部があげられている。
「国境離島等」……「国境離島」として東京都八丈町、北硫黄島、臥蛇島など。「有人国境離島地域離島」として佐渡島、福江島、奄美大島、利尻島、壱岐島などがあげられているものとなっている。
さらに、「生活関連施設」として「原子力関係施設」や「自衛隊が共用する空港」をあげており、このうち「原子力関連施設」では「原発」「核燃料サイクル施設(青森県六ケ所村)」をあげている。が、まさにそれらは、「政令」で定められるとされており、法律で規定するものではない。
■この「生活関連施設」だが、これは、「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」(二〇〇四年、「国民保護法」と略す)に、付け加えられた「国民保護法」の「施行令」(「平成一六年政令二七五号」)において、その一七条に「生活関連等施設」と規定されているものに同置されるものという以外ない。そこでは「発電所・変電所」、ガス、水道、鉄道、電気通信事業、放送、港湾、河川管理、国民保護法第百三条で規定された、政令で定めた「危険物質(生物を含む)」の「取扱所」などが、対象となっている。この点、国民総動員体制・戦時体制そのものを想定したものが、この土地調査規制法だということを、考えておくべきだ。
【第二節】登記義務化法制――市民社会全体への戦時監視体制形成の一里塚
さらに、以上の「土地調査規制法」とは、別に、「相続登記」を義務化する法整備が、同じ二〇二一年に開催された通常国会で、こちらは「全会一致」で、可決成立した。
「jiji.com」(時事ドットコム)、二〇二一年四月二一日の配信では、『相続登記義務化、改正法成立 所有者不明土地の解消で』とのタイトルで、「現在の所有者が分からない『所有者不明土地』の解消を目指す改正不動産登記法と改正民法、新法の相続土地国庫帰属法が、(四月)二一日の参院本会議で全会一致により可決、成立した」と報道されたもので、この法改正は「相続登記を義務化し、正当な理由なく怠れば行政罰の過料を科すことが柱」というのがポイントとなっていると報じた。
「所有者不明土地は、相続時に登記が変更されないなどの理由で生じ、国の調査によると国土の二割に上る。所有者と連絡がとれないため、公共事業や民間取引の障害となっている。
改正不動産登記法は、相続人に土地の取得を知った日から三年以内の登記申請を義務付け、違反には十万円以下の過料を科す。また、すべての土地所有者に対し、住所変更などがあれば二年以内の変更登記申請を求め、怠れば五万円以下の過料となる」と、報じている。
こうした、登記義務化に対し、例えば、二〇二一年二月二五日、「全国青年司法書士協議会」は「相続登記の義務化等に反対する会長声明」を発表している(以下は電子版から引用)。その声明の中で、「我が国の民法は、登記を第三者対抗要件(法律上、権利の得喪または変更を第三者に対してて主張するために必要な要件――「広辞苑」より、引用者・渋谷)と規定しており(民法一七七条及び同第八九九条の二)、登記を備えるかどうかは当事者の意志に委ねられているのが原則である(対抗要件主義)。にもかかわらず、手続法たる不動産登記法において、相続による所有権の移転の登記に限って申請義務を課すことは、民法が定める原則に反しているため問題がある」などとしている。
つまり、一口に言って「土地登記は権利」であって、国家に監視されるような「義務」とは違ったものだということだ。
このことが、社会運動で、直接問題となっているものに、「一坪共有地」運動がある。三里塚の「大地共有運動」もその一つだ。二〇二一年四月、「一般社団法人三里塚大地共有者の会(山口幸夫代表理事)」は「罰則付きで登記を義務化し共有地を奪う登記義務化法に反対する」と言う声明を発表している(「一般社団法人三里塚大地共有者の会ニュース」第十号、第四面、二〇二一年5月12日付)。
その中では、この登記義務化の経緯をつぎのように、告発している。
「今回の登記義務化法は所有者不明土地対策を名目にした所有者不明土地利用円滑化特別措置法(一八年六月)、表題部所有者不明土地の登記・管理適正化法に続く法制化です。一連の所有者不明土地対策立法によって、公共事業の所有者不明土地収用について収容委員会の関与をなくし、知事の判断だけで収用裁決ができる制度改悪が行われました。さらに所有者不明の土地・共有地については、裁判所が管理人を選任。不明者への公告、代金の供託(売却の場合、代金を法務局へ供託する――引用者・渋谷)をして管理者から買収できる制度になりました。「所有者不明土地」を確実に取り上げられるようにする内容です」、ということだ。
こうした法整備は、三里塚一坪共有地運動にかぎらず、市民社会のそのものの「土地」を、観察・管理せんとするものにほかならない。それは「土地調査規制法」における、少なくとも「調査」といったものを、市民社会に徹底させ、土地調査規制法のアミから、はずれた、「重要施設」などの「機能を害する行為」を摘発しようとする、市民社会末端までの予防監視体制の構築を視野に入れたものではないかと、本論論者(渋谷)は、考えるものである。
【第三節】「国家」の戦争法制ヘゲモニーか、労働者人民の反戦平和のヘゲモニーか――すでに始まっている弾圧との関係で
■沖縄チョウ類研究者への弾圧
二〇二一年六月四日、沖縄県警は、沖縄のチョウ類研究者、宮城秋及さんの自宅を「威力業務妨害」「道路交通法違反」「廃棄物処理法違反」などの容疑で家宅捜索した。そして、二〇二一年一二月二八日に、那覇地検は、宮城さんを「威力業務妨害」「道路交通法違反」で在宅起訴した。だがそれは、全く不当なものだという以外ない。
宮城さんの、「威力業務妨害」とは何か。それは、直接には、二〇二一年四月七日、「米軍北部訓練場」のメインゲート(米軍基地との境界をなすイエローラインの内側)に、米軍の廃棄したものと思われる空き瓶や空き缶などの廃棄物をおいて、米軍に抗議。米軍、軍雇用員らの「通行を妨害」(車両複数台が五〇分間通行できなかったとされる)したというものだ。
この「廃棄物」とは、なんのだろうか。米軍から返還された「米軍北部訓練場跡地」では、大量の米軍が廃棄した、廃棄物が散在している。全く処理をした形跡がないようなありさまだという。これを宮城さんは、告発し続けてきた。その告発の一環としての抗議の行動だった。宮城さんは、二一年の三月にも、一日から六日まで、米軍北部訓練場のゲート前で、辺野古新基地建設に本島南部の土砂(沖縄戦で亡くなった人々の遺骨が存在する)が採取されることに抗議して、ハンガーストライキを展開した。
「宮城秋及さんは、返還された米軍北部訓練場跡地の森を踏査し、米軍廃棄物の二〇〇〇発以上の空砲、手投げ弾、野戦食、放射性物質コバルト60を含む電子部品などを次々と発見し、それを地元の沖縄タイムス、琉球新報が繰り返し報道してきた。なかには、一九九三年に米軍から返還された場所から発見されたものもあり、三〇年近くも放置されていたことになる。米軍は汚しっぱなし、そして日本政府はそれを放りっぱなしという『不都合な真実』が彼女の手によって次々と明らかにされてきたのだ。
米国政府と一体となって、南西諸島の軍事要塞化を推し進めようとしている日本政府にとって、物言う研究者の宮城秋乃さんは目障りな存在であったに違いない。菅首相が就任早々に行った日本学術会議会員の任命拒否とダブって見えてくる」(桜井国俊「沖縄県警は、なぜチョウ類研究者宅を家宅捜索したのか」。桜井氏は沖縄大学名誉教授、沖縄環境ネットワーク世話人。『論座』二〇二一年六月八日、朝日新聞デジタル)ということだ。
この弾圧は、「土地調査規制法」が定める「重要施設などの機能を害する行為」の摘発といったものが、どのようなものかを、うかがわせる、まさに同法のリハーサルである。これらをつうじ、沖縄県―南西諸島全域を、監視・監察・監査し、民衆の反戦平和の社会運動を封じ込めようとする意図が、あきらかなものであると、著者(渋谷)は、考えるものである。
■「改憲=緊急事態条項」および近代日本の「国家総動員法」との関連
ここで国家が、地域住民大衆の土地ー土地所有権をそれ自体、「内閣総理大臣」を主体として管理・規制することが、歴史的に、また、法制的にどのようなことなのかを、確認しておきたいと考える。
まずそれは、自民党『日本国憲法改正草案』にしめされた「緊急事態(緊急事態の宣言)第98条」とかかわっている。「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言をはっすることができる」というものだ。これがどのような、具体的な政策・施策を表明したものかは、定かではない。が、次のような文言がつづいている。
その条項の「3」として「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」としている。
まさに「国民徴用・有事動員」の規定だ。が、それは、そういう緊急事態の課題の一つの前提として、「土地調査規制法」という法律にもとづいた措置がとられることは、容易に推測できるところだ。そこでは、有事体制のために使用される重要施設などの「機能を害する行為」に「供される」ものとして、国家権力が必要と判断・決定した地域住民大衆の所有するなどの土地の没収・規制・処分などが、おこなわれるだろう。
戦前、大日本帝国においては、国家が全面的に人民・市民社会の所有権を管理・統制・運営するものとして、例えば、一九三八年に制定された「国家総動員法」がある。この法のディスクール(言説秩序)は、<政府は国家総動員の必要上、必要な命令を、全面的に、出すことができる>というものだ。その条文はそうしたディスクールで埋め尽くされている。
例えば、国家総動員法(口語訳)・第十三条3 「政府は、戦争時に国家総動員に必要な時は、勅令によって総動員業務に必要な土地もしくは家屋その他の工作物を管理・使用・収用することができる。また総動員業務を行う者を使用しまた収容することができる」。第十六条3「政府は、戦争時に国家総動員上必要な時は、勅令によって事業の開始、委託、共同経営、譲渡、廃止や休止、法人の目的変更、合併、解散に対して必要な命令を出すことができる」など。
国家の必要で市民社会の私権・所有権を破壊する、こうした一連の権力行使は、「土地調査規制法」のような法律を具体的に実践したその基礎の上に、行使されるものと考えなければならないだろう。
まさに、「土地調査規制法」の法制的意味は、それ自体が、戦時法制だということにほかならないのである。
●「ウクライナ侵略戦争」便乗の改憲論議に反対する
2022年2月、ロシア帝国主義によるウクライナ侵略戦争が開始された。これは、世界の大き な見取り図としては、、「欧米日の帝国主義ー対ーロシア全体主義・中国スターリン主義」の、「帝国主義ー間―争闘戦」の一局面である。日本人民としては、「欧米日の資本家のための戦争」に対する労働者階級の闘いということが基本だ。それは「日本の参戦国化阻止」というスローガンに要約されるだろう。そして「ウクライナ軍民のレジスタンスを支持し、難民を救援せよ」ということは、この局面では基本であると考える。
他方で、日本の保守改憲派は、「核共有」や「緊急事態における政府権限の強化・政府への立法権の付与」などに言及した、議論を、憲法論議としてしていく方向を表明している。だが、そういう戦争「便乗型」の論議は、戦争挑発にほかならないと考える。絶対に認めてはいけないと考えるものである。◆