2018年4月3日火曜日

投機資本主義とヘッジファンド――金融の自由化と富裕層支配


2018/6/02 19:00更新 

【ノート】投機資本主義とヘッジ・ファンド――金融の自由化と富裕層支配

渋谷要



■「帝国主義」<段階>第三期=「投機資本主義」<様態>の位置づけ



以下は著者(渋谷)の見解でしかないが、それが本論の位置づけとなるものである。

資本主義には、重商主義、自由主義、帝国主義という三つの段階があった。現代は、「帝国主義」という資本主義の「段階」を前提とし、その古典的形態を払拭・更新した「様態」をもつものへと転位した形態を示すものとしてある。

 新たなその「様態」を、「投機資本主義」と規定する。が、それは、「帝国主義段階」に代わる新たな<段階ではなく>、あくまでも、「帝国主義段階」<における>「新たな様態」にほかならない。「投機資本主義様態」であり、その根拠は、これから論ずるように、「金融資本」の「様態変化」にもとづくものである。この点、誤解のないように、お願いする。

 「帝国主義」には、これまで、現在に至る、三つの「様態」がある。古典的帝国主義は、レーニンが規定した「植民地主義」様態の帝国主義である。この様態はイギリス帝国主義によってつくられ、これと独占資本主義のタイプを異ならせたドイツ帝国主義との間で、対立が激化した。だが、総じて、帝国主義宗主国と植民地従属国とは、一対一の関係であり、宗主国による政治的軍事的な直接支配が経済的支配の前提としてあった。

これに対し、第二次大戦後世界では、「新植民地主義」が、主流を形成してきた。そこでは、政治的には自立した開発途上国の国民国家が主要先進資本主義国に経済的に支配・従属されることが基本的動向となった。この関係は一対一ではなく、いろいろな主要先進国が、いろいろな従属諸国の第三世界に、経済進出を行うというものとして展開している。この様態をつくったのが、アメリカ帝国主義である。

そして、現代は同じ「金融独占資本主義(金融寡頭制)」としての「帝国主義」といっても、前二者とは<様態>を異ならせた、「投機資本主義」の<様態>として展開している。これは、多国籍企業を主力としたブルジョアジー集団によって推進される新植民地主義を、あくまで<土台としつつ>、だが、これら多国籍企業に加えて主力となったヘッジファンドなどの投機資本主義集団が、新自由主義の一特徴としての「金融の自由化」によって再編された世界に展開することを基軸的な「様態」とするものに他ならない。まさに現代は「帝国主義」段階の第三期=「投機資本主義」<様態>の時代である。ここでは、「金融の自由化」により、銀行業務自体が、変化するものとなっている。また、ビットコインなどの「仮想通貨」といわれるものも登場し、「金融―自由」といったニュアンスを扇動している。

 この点、わたしの認識にしたがえば、現代を、「帝国主義」段階ではもはやない、「現状分析」の時代とする経済学方法論の見解からは離れた、見解であることは、確認をしておきたいと考えるものである。本論では、この「投機資本主義」のアウトラインを概観する。
そこで、もう一つ、誤解を避けるための、本論の位置づけ・前提を書くことが必要だろう。それは、帝国主義間対立にかかわる問題だ。
 本論著者は、二〇〇六年に刊行した『国家とマルチチュード』(社会評論社、文京区本郷)で、ネグりの「帝国」概念を批判し、端的に一か所だけ引用すれば「だが『<帝国>』の超国家(国民国家主権衰退論)という概念は結局・どうしても採用できないっという結論に達した」(二九頁)と表明し、その根拠を論じた「第三部第一章」を参照せよと指示した。もとより、変動相場制それ自体が、国民国家が経済的国家機能を展開しているということの最大の証左にほかならない。
 本論の位置づけとしては、次のように、その前提を書いておくことにする。


●「帝国主義間対立」はなくなったのか?――それは歴然として存在する


 本論著者の理解では、現代の先進資本主義国家も「政治的国家」としては「帝国主義国家権力」「帝国主義国民国家」と規定すべきものであると考える。
 本論次節での引用か所で降旗氏が、すでにそういう段階ではないと論じている「帝国主義的支配」の段階とは、あくまでも、<経済・社会体制>とこれを基軸的に総括するところの経済的国家機能をめぐることであって、経済・社会的諸関係を<政治体制>として総括する<政治的国家>、<帝国主義国家権力>をめぐるものとは、すくなくとも、直接的には<区別>して、論じられる問題領域に属するものだと考える。また、経済社会構成体としてのブルジョア社会の政治的総括体としての、帝国主義国家が消えてしまったということでもない。
 この間の、アメリカ合衆国・トランプ政権と中国の貿易摩擦・貿易戦争(トランプ政権が2018年3月、鉄鋼・アルミの輸入品に対する追加関税措置を発表したことに端を発する)。それと関節した自由貿易擁護のEU諸国の対米批判などは、資本主義国民国家間の経済対立と定義できるものである。それは、資本主義経済社会構成体=グローバリゼーションと、その機軸をなす<資本間競争>が、資本主義国民国家によって総括されているということに他ならない。
 つまりは、新自由主義グローバリゼーションと、帝国主義国家とは、その活動関係としては、x軸とÝ軸のように交差する座標を描きながら、相互規定的に展開しているとしなければならない。
 本論においては、その座標の一つの軸である、グローバリゼーションの特徴点と、その推進者=突撃隊であるヘッジファンドを扱うものとする。
 

■投機資本主義の位置づけ



投機資本主義とは、一言で言って何かを見ることから始めよう。

その位置づけを、例えば「金融の自由化」の脈絡から宇野経済学派の経済学者・降旗節雄(一九三〇~二〇〇九年)は、二一世紀資本主義の基本的特徴として、次のようにのべている。(降旗氏自身は、「投機資本主義」という言葉は使っていない。ここでは、「金融の自由化」というものに焦点を当てた論述となっている)。

「その点がどうも左翼には理解されていないと思いますが、現代の支配は帝国主義的支配ではないのです。帝国主義的支配というのは、レーニンが語ったように国内の鉄とか鉄道という重工業を基礎にして、生産力的な優位性を保つ。そしてその国がこの優越した過剰な生産力を基礎にして途上国に資本を輸出して収奪する。これをそれぞれの列強がやり出し、これがぶつかるというのが帝国主義的な支配構造です。現代はもはやそんな段階ではない。 

 実体は自動車とか電機という耐久消費財量産型の産業ですが、先進国はそういう産業さえも国内にもたなくなって、国際的に展開して資源と労働力の安いところで工場をつくり、世界中に売り出すという構造になっています。そして主要産業は情報とか金融という実体のない経済によって支配される。この構造が現代社会の基本構造になってきたのです」(降旗節雄著作集第五巻『現代資本主義の展開』所収「第7章 グローバリゼーションとは何か――資本主義におけるその歴史的位相」(初出『技術と人間』二〇〇二年一・二月合併号)、社会評論社、二〇〇五年、二五七~二五八頁)。

 降旗氏はここで「もはやそんな段階ではない」といっているが、それは、経済構造の新たな今日的特徴を、はっきりさせるためにする論法と、理解した方がいいだろう。そうしたものとして、降旗氏の言説は、理解されるべきだと、本論論者としては考えるものである。

■金融の自由化とは実践的にどういうことか

この「情報」「金融」を特徴点とする投資資本主義を概観するといった場合、ポイントは、金融自由化の最先端を行くヘッジファンドの規定が重要だ。

「ヘッジファンドというのは株式会社ではありません。プライベートな仕組みで、九九人以下の顧客ですから、小さい。ただしアメリカの場合は、そこに参加するには資格があって、自分の余剰の金融資産、つまり自分の土地とか家屋という資産を数えないで、自由にできるお金が五億ドルあるというのがさいていげんの資格だということです。ヘッジファンドによっていろいろあるようですが、少なくとも一億ドル以上というのは、日本円でいったら100億円です。そのぐらいお金を持っている人からお金を集めて、世界的に運用する」(降旗前掲、二五二頁)。

だが、次のような専門家筋の見解もある。

「そもそも一般的に合意されたヘッジファンドの定義は存在しない。証券監督者国際機構(IOSCO)は、二〇〇九年六月、「ヘッジファンドの監督」に関する最終報告の中で、そうした「統一的な、合意された定義はない」ことから、「以下の特性のいくつかが組み合わさったものの全ての投資スキーム」をヘッジファンドとして考察するという見解を述べている。

 「集団投資スキームに関する規制に通常は含まれている、借入やレバレッジ規制が適用されず、多くの(すべてではないが)ヘッジファンドが高水準のレバレッジを活用している。
(1)返還の運用報酬に加えて相当額の成功報酬(しばしば収益の一定割合)が運用者に支払われる

(2)投資家は、通常定期的に、例えば四半期ごと、半年ごと、一年ごとのようにしか解約できないこと

(3)しばしば運用者の自己資金の相当額が、投資されること

(4)しばしば投機目的でデリバティブが使用され、また、空売りが可能なこと

(5)より多様なリスクまたは複雑な金融商品が用いられること」

(出所 IOSCO 〔2009-1〕)」(高橋誠・浅岡泰史『ヘッジファンド投資ガイドブック』、東洋経済新報社、2010年、一五頁)。



■投機資本主義の手法



だから、ここでポイントとなっているものは、ヘッジファンドをはじめとした投機の手法それ自体である。以下のようなことを多額の資金を使って行う、少数の私募・有志集団がヘッジファンドだということだ。

その手法は先の文章で、すべてカタカナ用語で書かれている用語にある。これらの内容を、本論に必要と考えられる範囲で確認する。



◆レバレッジ……レバレッジ取引のレバレッジとは、「てこ」のことであり、ポイントは、「証拠金」(担保金)である。例えば、10万円の証拠金で、取引所によって倍率の限度は違うが、例えば5倍のレバレッジ取引の場合は、50万円でのとりひきができる。例えば、先物買いなどは、これで大きなリターンが期待できる。



◆デリバティブ……金融派生商品。株、債券といった金融商品ではなく、その取引に派生して生まれる権利や契約を売買する金融商品。例えば、本論との関係で言うなら、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)がそれで、取引先の倒産に備える保険としての位置づけを持つものである(この解説文の最後の項目「リスクまたは複雑な金融商品」の項目を参照のこと)。



◆空売り……信用取引口座を開設することが前提だが、株の取引の場合、例えばA社の株での場合、自分(Bとする)はA社の株は保有せず、また持っていても使用せず、他のA社株の所有者(C、実際は法人)から借り入れ、例えばA社株が10万円のときに売る、そしてA社株が8万円になったときに、買い戻す。するとB手元に、2万円の差額収益が発生する。こうして買い戻したA社株を、借りたA社株所有者(C)に返す。このときBは、その借りた所有者(C)に「手数料」を支払う必要がある。A社株所有者(C)はそれで、収益を得る。

つまり将来値下がりしそうな株を探すことがポイントとなる。だが、投機的な目的では、値下がりするためにA社株のリスクを演出・組織化することが必要だ。

これを、A社のレベルではなく、一国の国債・通貨総体に対して展開したものが、ヘッジファンドによる1990年代以降の、アジア、欧州などでの国家通貨危機の要因の一つとなっているものだ(後述する)。

(参照:「WEB金融新聞」)

 

◆リスクまたは複雑な金融商品――この例としては、さまざまな場合が考えられるが、本論ではCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)をとりあげる。

 A社が、取引のあるB社の倒産に備えて、C銀行とCDSの契約をする。例えばA社が、B社に対し2000万円の売掛債権を保有しているとすると、A社はC銀行と想定元本2000万円のCDS契約をする。B社が倒産した場合、A社はC銀行から、元本相当額の2000万円相当の保証金をうけとることができる。この場合、B社が倒産するまで、A社はC銀行に一定額の「保証料」(元本に対して年率3%なら、60万円)を支払う。B社が倒産しないうちは、C銀行は、「保証料」を得ることになる。

 ここからがポイントだが、こうしたCDSは、しかし、A社がB社に対し実際上、売掛債券を保有していない場合も契約できる。そのときも、B社が倒産すれば、A社は保証金を受け取ることができる。銀行、証券会社、ヘッジファンドが、このような取引の主体だが、これらは、CDSの買い手にも売り手にもなっている。だから投機目的でやり取りされている。

また、「保証料」の「保証料率」は、例えば、B社の状態によって、絶えず変化する。倒産リスクが高まれば「保証料」は高くなり、倒産リスクが低くなれば「保証料」は安くなる。それは、企業のみならず、国家の国債などに対しても適用される。だから、債券などの信用格付けとしての位置づけもあたえられる商品となっている。

(参照:日本経済新聞「nikkei4946com」「全図解ニュース解説」)

投機資本主義のポイントをおさえたところで、まず、投機資本主義の成り立ちから入ってゆこう。



■金本位制の最後的崩壊



一九三〇年代の世界恐慌からブロック化にむかい、保護主義を顕在化させた各国帝国主義は、第二次世界戦争を勃発させた。これは金本位制(金を本位貨幣として通貨の単位価値と一定受領の金とが金兌換をつうじて等位関係で結び付けられている制度)を廃止し、金準備とは関係なく、通貨を発行して公共事業で景気を浮揚し、さらに軍備拡張の軍事的財政政策へとむかっていったことを意味していた。

 これに対し、第二次世界戦争後、アメリカ合衆国を中心とした金本位制が確立した。これがIMF体制だ。アメリカ合衆国に世界の金の七〇%が集まっていたことを背景に、アメリカ合衆国の一定量の金の価値と、各国資本主義国の通貨を結びつける体制がつくられた。それが、「金一オンス三五ドル」――日本円との関係では「ドル=三六〇円」という固定相場制にほかならなかった。

固定相場制は為替相場の変動が起こらないから、貿易も一定の安定性の下に行うことができた。変動相場制において生じるような為替の変動を利用した投機も抑制されていた。国境を越えた貨幣の移動も規制され、通貨供給量は制限されていた。

他方、アメリカのドル散布は西側諸国の復興やベトナム戦争、後進国への経済援助――ソ連圏を包囲する目的を持つ政治的援助の意味を併せ持つなどとして展開されていった。それはアメリカが生産力を誇示し、一人勝ちをしている以上、国際収支の黒字傾向により合衆国にドルはまた帰ってくる。

だが、一九六〇年代後半以降の西独、日本などの経済的台頭、ベトナム戦争の泥沼化による経済的弱体化が生じてくることとなる(これは、一九七五年合衆国のベトナム戦争敗戦に結果する)。

こうしたことを背景に一九七〇年を前後してドル下落の不安感からドルと金の換金が多発化した。また、そうした一人勝ち構造の消滅によって、合衆国から出ていったドルが、合衆国に帰ってこなくなった。そして、帰ってこなくなったドルは、ユーロダラーという形で、世界市場にとどまり、米金融局の管理の外で、展開することになっていった。

かかる要因からユーロダラーで過剰に集積されたドルを、換金するための、金準備が底をつき、 ついに、一九七一年、金と米ドルの兌換を停止するという事態に落ちいったのである(ニクソン・ショック)。こうして金本位制は終焉し、変動為替相場制に移行した。

これは、貨幣の発行量が、金との交換に規定されなくなることを意味している。一九七〇年代初頭、先進国はそこから、スタグフレーションという不況とインフレの同時進行という事態を迎えるが、それは、市場に貨幣が過剰に供給されているが、生産的な事業で投資の機会が鈍化し利潤率の低下を解消することができないという事態に起因するものであった。このことは、オイルショックにおける産油国の外貨準備の増大と、先進資本主義国における金融緩和政策による貨幣供給量の増大などをつうじて、貨幣供給が生産的投資に向かわず、非生産的な投機経済化に向かう方向を作り出したことを意味していた。それは次のようなことだ。



■非生産的投機へ向かった世界経済



「一九七〇年代以降、先進諸国では高度成長が終わり、高い利潤率を求める者にとって投資機会がなくなっていた。そういう時代にあってなおも短期的な観点に立って利潤追求を行おうとした時、存在した手段が投機であった。経済政策はこのような投機の機会を増やすように進められた。もしくは、このような投機を助長するような経済政策が次々と打ち出されたのである。

たとえば、証券業務と銀行業務の垣根が取り払われ、銀行は投機的行動ができるようになった。また外国為替取引における規制の撤廃も八〇年代に進んだ。たとえばそれまでは外国為替取引(自国の通貨を外貨に換えること、あるいはその逆)は財・サービスといった実際の貿易取引がある場合に限られていたが(実需原則)、このような原則が撤廃され、貿易の規模をはるかに超えて無制限に通貨を交換することができるようになったため、刻々と変化する為替レートの変動を利用して利ざやを稼ぐこと、すなわち通貨そのものを短期の投機目的の商品とすることが可能になった。このようにして、国際的な投機的活動を容易にする仕組みが作られた。

以上のような経緯をへて、八〇年代、金融は自由化・国際化されていき、それとともに投機的活動をする余地は大幅に広がっていった。すなわち、新自由主義は金融資本主義と化していったのである」(北見秀司「アタック・フランスのEU批判と代替案が示す『もう一つの世界』の可能性」、三宅芳夫・菊池恵介編「[共同研究]近代世界システムと新自由主義グローバリズム 資本主義は持続可能か?」所収、作品社、二〇一四年、一九三頁。以下「アタック」と略す)。

こうした<投機―金融資本主義>の展開は、資本主義に次のような変化をもたらしたことを意味する。

「金融資産や資本が国境を越え自由に移動できるようになったことも、経済格差を助長した。これにより、労賃の安い地域への資本移転が可能になったからである。これが、世界中の労働者を競争に駆り立て、労賃と労働環境を悪化させた。そのため多国籍企業は記録的な利潤をあげながらも、被雇用者の少なからぬ部分が貧しくなる、という事態がおこった」(同上、一九二頁)。

このことは、資本と国家の関係にも変化を与えた。

「資本の自由な移動は、国家間に法人税切り下げ競争を引き起こした。この競争を享受する多国籍企業は、収益をあげながらも法人税の低い国あるいは無税の国や地域(租税回避地:タックス・ヘイブン)で租税コストを最小化することが可能になった。これが、税を用いた、国家による所得再分配や社会保障の充実、これによる格差の是正を困難にさせた」。

そうした中で、投機資本主義の展開がすすんだ。

「資本移動の自由化は株主の力を強めるのに貢献した。株式投資はいまや世界中の有利なところでできるため、投資家とりわけ国際的に活動する機関投資家がグローバルなレベルで企業を競争させたからである。投資家は、高い配当を求め、そのため異常なまでの高い収益率を求め、短期的観点から見て採算性がないと見なされたものは廃棄するよう指導した。企業やさらにさらには政府さえも、たえずこのような「市場の判断」に晒されつつ活動しなければならず、これが長期的観点から見た場合重要であるような生産への投資を縮小させ、さらには失業率を高める結果となった」(同上、一九二頁)ということだ。

こうして、脱福祉・小さな政府、規制緩和、民営化――戦闘的労働運動解体、高所得者・法人税減税、高金利政策、移動の自由―グローバリゼーションを特徴とするものにほかならない。

例えば、この場合、高金利政策は、新自由主義が台頭し始める一九八〇年代初頭において、第三世界で債務危機をつくりだしている。アメリカでは、物価の安定という目的から、政策金利がとられ、一九七九年には約一一%だった金利が一九八一年には二〇%に引き上げられた。これにより、メキシコなど先進資本主義国から経済援助をうけていた債務国や第三世界諸国では、利息が急増し、債務の返済が不可能となる事態に陥った。IMF(国際通貨基金)はこれら負債国に援助する条件として、構造調整政策=新自由主義政策を強制し、公務員削減・民営化、旧予定し、社会福祉費の削減、価格統制撤廃、為替管理の撤廃などの措置が講じられることとなった。この結果、貧富格差が爆発的に進行した。

まさに新自由主義の市場原理主義は、投機資本主義としてカジノ化・ギャンブル化し、アジアなどの経済新興国や欧州などにヘッジファンドをこういってよければ「突撃隊」とする、ユーロ債務危機・アジア通貨危機などといわれる経済危機を作り出していった。



■金融自由化の諸相



以上のような世界資本主義の様態変化を、もう少し特徴的な事例でみていこう。ここではまず、金融自由化の総括的な指標をみることにしよう。そののち、個々のケースについて、タイ通貨危機とギリシャ債務危機をとりあげる。その中でヘッジファンドの動向を概観する。

デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』(作品社、2007年、原著2005年。監訳・渡辺治、翻訳・森田成也・木下ちがや・大屋定晴・中村好孝)では次のようである。

ハーヴェイのこの文献の「第六章 審判を受ける新自由主義」のところだ。

「一九八〇年以降に始まった金融化の強力な波は、その投機的・略奪的スタイルの点できわだっていた。国際市場における金融取引の一日の総出来高は、一九八三年には二三億ドルであったが、二〇〇一年にはすでに一三〇〇億ドルにのぼっていた。二〇〇一年の年間総取引高は約四〇兆ドルになるが、国際貿易と生産的投資フローを支えるのに必要な総額、推定八〇〇〇億ドルと比べるならその巨大さがわかるだろう。規制緩和によって金融システムは、投機、略奪、詐欺、窃盗を通じた再分配活動の中心となった。組織的な株価操作、ネズミ講型投資詐欺(注が付されている。節の文章の終わりに注の文があるが、ここでは、引用文中の()にて記述することにする――引用者。注・高利殖の投資対象を考え出し、投資家をネズミ講式に勧誘し、先に投資した者が後から投資した者の資金を財源にして高利回りの配当を受けとる方式。ピラミッドの底辺に近づくほどリスクが大きくなり、最終的に破綻する。この方式を編み出した詐欺師チャールズ・ポンジーの名にちなんで、「ポンジー・スキーム」と呼ばれる)、インフレによる大規模な資産破壊、合併・買収(MA)を通じた資産の強奪、先進資本主義諸国でさえ全国民が債務奴隷に追い込まれるほどの額の債務を支払わせること、そして言うまでもなく、会社ぐるみの詐欺行為や信用と株価操作による資産の略奪(年金基金の横領と、株価暴落や企業倒産によるその多くの破壊)。これらすべてが、資本主義的金融システムの中心的な特徴となった。金融システム内部で価値をすくい取る方法は無数に存在する。金融ブローカー(証券会社など)は一回の取引ごとに手数料をとるので、顧客の取引口座上で頻繁に売買取引をさせることによって――その取引が顧客の口座の資金を実際に増やしているかどうかにかかわらず――ブローカーは収入を最大限に増やすことができる(「過当取引」として知られている操作)。株式取引の出来高の高さは、市場への信頼性というよりも過当取引を反映しているだけかもしれない。株価が重視されるようになったのは、経営者への自社株購入権(ストックオプション)という報酬制度を通じて、資本の所有者と経営者の利害が結びついたからである。これは今日では周知のように、多数の人々を犠牲にして、少数の人々に巨大な富をもたらすような市場操作を招いた。エンロンの劇的な崩壊は、多くの人々から生計と年金の権利を奪い取る全般的なプロセスを象徴している」。

※エンロンの悲劇……総合エネルギー会社エンロンが起こした不正会計事件。エンロンはデリバティブなどの金融技術、ITを駆使したビジネスモデルを確立した。だが二〇〇一年、自社株を吊り上げるためにした、巨額の粉飾決算が発覚、株価が暴落。破産宣告し倒産。それに引き続いて、これに加担した米大手会計事務所アンダーセンが消滅するなど、多数の会社で不正会計などが発覚。これに対して二〇〇二年、SOX法(企業改革法)が施行された(――引用者・渋谷)

「それだけでなく、ヘッジファンドをはじめとする巨大金融資本の諸機関によって行われた投機的な売り崩しにも注目する必要がある(節末注を挿入します――引用者。売り崩し――株価や通貨を人為的に暴落させるためにヘッジファンドや投資家がいっせいに特定の通貨や株を売りに出し、十分下がったところで買い戻して、短期間に巨万の富を得る方法。ジョージ・ソロスが一九九二年に英ポンドに対してしかけて大もうけし、一九九七~九八年のアジア通貨危機でもこの方法が用いられた)。なぜなら、たとえ彼らが『リスクの拡散』という積極的利益をもたらしているとみなされていたとしても、これは実際にはグローバルな舞台での『略奪による蓄積』の最先端をなしているからである」(二二四~二二五頁)。



■金融の自由化と生産のグローバル化



こうした投機資本主義の形成過程を実体経済との関係で、とらえるなら、次のようになるだろう。それは、多国籍企業の世界的な展開を媒介としたものだ。

「世界市場を一国内市場と同様に見なして、世界的な生産立地の最適な組み合わせを考える巨大企業が大量に出現すると、したがってまた各国間の貿易構造に大きな影響をもたらす。……多国籍企業の親会社と子会社あるいは子会社相互間の財の移動――「企業内貿易」――が世界貿易全体の中で占める割合は、極めて高い」(柳田侃・野村昭夫編著『国際経済論――世界システムと国民経済』、ミネルヴァ書房、一九八七年、八六頁)。

「ユーロ・ダラー市場の成長は、……米多国籍企業の発展と密接に結びついており、そうした結びつきを促したのが米銀の国際化であった。つまり、米銀の海外(とりわけ欧州)への進出は、米多国籍企業への巨額のファイナンスを最大の理由としたのである。……さらに七〇年代以降になると、米銀以外の他国の銀行の国際化すなわちユーロ・バンク化が進行するなかで、かれらはオイル・ショック以降の国際収支の赤字ファイナンスをおこなう一方、多国籍企業の膨大な資金需要を満たす役割を一層促進したのである。

……多国籍企業はそもそも、対外直接投資の資金としては親会社によって調達する部分を極力抑え、できる限り進出先ないし国際金融・資本市場で調達する傾向が強い、……銀行の国際化、国際金融・資本市場、ならびに多国籍企業の三者は、いわば三位一体的な発展を遂げていると考えることができるのである。ここにわれわれは、多国籍企業への世界的な規模での資本集中という、資本集積のきわめて今日的な姿を見いだすことができよう」(前掲一三九頁)。

「多国籍企業は他方で、国際金融市場を巨額の資金をプールする場として利用している。その国際金湯資本は、いわゆるオフショア・センターとしてのタックス・ヘブン(税避難地)と呼ばれるものである。それは、法人税・資産税を免除・軽減する目的を持った市場であり、そこでは実際の取引がおこなわれているわけではなく、名目的に多国籍企業の本社が法的所在地として置かれている(前掲一三九頁)。

このタックス・ヘブンは「バミューダ・バハマ・蘭領アンティル・パナマなど」であり「ここでは、企業活動に対して課税はないか、あってもわずかである。したがって多国籍企業の企業収益をタックス・ヘブンに移し、租税の回避をはかる。

そのやり方は、こうである。例えば、東南アジアの現地子会社でカラー・テレビの部品組立をおこない、製品をEC(当時の呼び名、まだEUではない――引用者)内の現地子会社を通じてヨーロッパに販売している米系多国籍企業を取りあげてみよう。この企業は子会社1への租税を回避するために子会社S3を(タックス・ヘブンに――引用者)新たに設け、S1の組立加工によるカラー・テレビを、S3を経由して子会社S2に輸出するという方途をとる。その場合、例えばS1は五〇ドルで親会社Pから輸入した部品を組み立て、製品を五〇ドルでS3に輸出する。S2による輸入価格が一〇〇ドルだとすれば、本来S1が獲得すべき利益五〇ドルは価格操作によってS3に移転され、S1への課税は回避されるという次第である。無駄な、しかし多国籍企業にとっては重要な企業内取引が、新たに付加されることになるのである」(前掲一九〇頁)。

つまりS1(東南アジア)からS2(EC)に輸出すれば、S1は課税されるが、S3(タックス・ヘブン)からS2に(EC)に輸出したことにすればS1への課税は回避されるということだ。実体経済と投機資本主義の相互関係は、こうして形成されていった。

「経済の実体を見ますと、主として先進工業国同士が水平分業を拡大してきましたが、これも帝国主義段階にはなかったことです。例えば日本の自動車会社がアメリカで自動車を造ります。トヨタ、日産、ホンダ。マツダ、富士、いすゞなどはアメリカに工場をつくり、日産、三菱、すずき、トヨタはさらにGMなどと合弁会社をつくっています。アメリカのフォードやGMもヨーロッパに工場をつくっています。電機、ハイテクも皆そうです。先進国同士で高度な製品の水平分業を拡大しています」(降旗、前掲、二〇二頁)。

さらに、こうした実体経済は、生産力の中身の問題として、ⅯE化と金融の世界化というものに展開して行く。

「金融商品もさまざまなものが出てきました。譲渡性貯金(NCD)、市場金利連動型貯金(NⅯC)、相場連動型貯金、オプション付貯金、オフショア・ファンドなどさまざまですが、これは……金融の世界化とコンピューター化の結果です。貯金をしておくとその額に応じて一番利子率の高いところに自動的に振り替えてくれるというサービスもありますが、これはコンピューターがなかったら膨大な費用がかかってできない。コンピューターの出現によってはじめて可能となった貯金や融資の形態上の変化です」(降旗、前掲二〇六頁)ということになってきたのである。

情報・金融・の世界化とⅯE化を軸とした世界経済の展開。まさにこれらが実体経済と投機資本主義の相関関係ということになるだろう。

以上のように展開してきた世界経済だが、20世紀の後半から、かかる金融の自由化は、新たな様相の金融危機・国家財政危機をつくりだしてゆく。



■金融危機の展開図



ここで、20世紀最後期の金融危機の展開図を概観しよう。同じハーヴェイの著作から引用する。

「金融危機は、ある地域を震源地にするとともに、次から次へと伝染していくものでもあった。一九八〇年代の債務危機は、メキシコに限られたものではなく、世界的な広がりを持っていた。……それから一九九〇年代には、相互に関連した一連の金融危機が二度にわたって起こり、不均等な新自由主義化という否定的傷跡を残した」(同上一三四頁)。メキシコ危機は、ブラジル、アルゼンチンなどに波及していく。また「さらに広範囲にわたった金融危機の第二の波はタイを震源地とするものであった。それは一九九七年、投機的不動産市場の崩壊につづくタイ・バーツの暴落をきっかけとして起こった。この危機は、まずはインドネシア、マレーシア、フィリピンに、次に、香港、台湾、シンガポール、韓国に伝染した。その後、エストニアとロシアが強烈な危機に見舞われ、まもなくブラジルが崩壊し、アルゼンチンに長期的影響をもたらした。オーストラリア、ニュージーランド、トルコさえも影響を受けた。……開発主義国家によって推進された『東アジア蓄積体制』全体が、一九九七~九八年に過酷な試練を受けた。これによる社会的影響は壊滅的なものであった。



『この危機が進行するにつれて、失業率は急上昇し、国内総生産(GDP)は急落、銀行は閉鎖された。失業率は韓国で四倍、タイで三倍、インドネシアで一〇倍になった。インドネシアでは、一九九七年の就労男性の約一五%が一九九八年八月までに職を失っており、経済的荒廃は中心地ジャワ島の都市部でとくにひどかった。韓国では都市貧民層がほぼ三倍に増え、全人口の約四分の一が貧困状態に陥った。インドネシアでは貧困層が倍増した。……一九九八年のGDPは、インドネシアで一三・一%、韓国で六・七%、タイで一〇・八%減少した。この危機の三年後のGDPでも、危機以前に比べて、インドネシアで七・五%、タイでは二・三%低かった』」(同上一三六~一三七頁)。

※『』内の引用文は、引用者(渋谷)の方で、『』を付したものである。また、文章の終わりには「注」が付されており、邦訳で、「スティグリッツ『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』一四六~一四七頁」と指示されている。

(なお、08年恐慌=リーマン・ショックに関しては、拙著では、『世界資本主義と共同体』第四章「〇八年恐慌と共同体主義の復権」、二〇一四年、社会評論社、文京区本郷、を参照のこと)。



 

■タイ通貨危機



アジア通貨危機は、1997年、タイ、インドネシア、韓国などの経済新興国で連鎖的に発生した。そして、ロシアやブラジルなどに飛び火して行く。日本でも融資の焦げ付きなどから金融危機が発生した。

タイ・バーツ危機の遠因はプラザ合意にはじまる。これは1985年、合衆国の貿易赤字を解消するため、ドル安に先進国各国が協調して誘導したものだ。ドル安は、例えば合衆国の輸出品を買いやすくし、貿易赤字を縮小する。

1990年代、米ドルとの固定相場制であるドルペッグ制(ドルに対して固定して連動する為替のメカニズム)を、タイをはじめとしたアジアの経済新興諸国は、とっていた。ドルとバーツは等価だ。バーツはドル安の恩恵をうけることになる。

これは又、企業などにとっては為替変動のリスクを回避できることを意味する。しかも、タイは、高金利に自国通貨を設定することで、例えばバーツで貯金した方が、ドルでするより、お金を増やすことができた。また、タイの国内で活動する企業にとっては、タイの高金利と、ドルの低金利との差を利用して、ドルでお金を借り、それをバーツに換えて運用し、バーツをドルに換えて返せば、バーツで借りてバーツで返すより、安く返済できる。

タイなどのアジアの新興諸国は、外国通貨の流入に対する規制を、工業化などの観点から緩和しており、以上のような条件において、先進諸国は、タイに資金を流入させ、タイはその資金で不動産などの設備投資を拡大していくことができた。

だが、タイなど新興国は、経常収支で常に赤字だった。これは他国との貿易競争で常に損失を出していることを意味する。つまり、通貨は国外に流出している傾向にある。だから、通貨を増発的に発行しなければならない。それは、通貨の価値を下げることを意味する。
 だが、工業生産などは成長し、輸出産業の成長そのものは実現していた。経済の景気それ自体は良好なので、1990年代中期までは、それほど問題にはなっていなかった。

だが、1995年、合衆国が、「ドル高」政策に転換。これを受け、新興国の安い製品輸出は、ドルペッグ制のため、ドル高に影響され、高い輸出品へと転じてしまった。これはタイの経済における輸出・価格競争力が低下したことを意味する。(つまり例えばの話、日本円でいうと、今まで、一ドル出せば一〇〇円のものを買えていたものが買えなくなり、一ドル出しても八〇円のものしか、買えなくなったということだ)。

輸出が縮小すると、経常収支の赤字幅も膨らんでくる。その他の要因、例えば住宅バブルがはじけ、不良債権が増加したことなどが影響し、経済成長は鈍化。バーツの貨幣価値は、下がってゆく以外ない。ドルペッグ制を維持できるのは、明確にあやしくなってきた。

だが、ドル高は進行し、ドルペッグ制であったため、バーツの価値はそれ自体として、下がらなかった。これは、バーツの価値が不相応に高く評価されていることを意味した。

ここで、これはいつかは、バーツの価値は下がるし、下がるように操作・誘導できると考えたのがヘッジファンドだ。

ヘッジファンドはバーツを巨額に<空売り>(このやり方の基本は本論の前の方で書いたとおりだ)しにかかった。海外にバーツが大量に出始める。これをタイ政府は、買い支えしようとした。これを見て、タイにおける金融の自由化で、大量にタイに流入してきていた外国資本・投資家は、ドルペッグ制が崩壊した場合、前述したように、高金利が今まで有利に作用してきたことの正反対として、高金利が借金の返済額を、おしあげるなどの、巨額な損益が発生することなどから、タイから資金を引きあげはじめた。

そうした攻防の結果、タイは、政府の買い支えもむなしく、ヘッジファンドに敗北し、バーツの価値が下落。ヘッジファンドは巨額の富を手にした。

タイは変動相場制に移行。IMFの構造調整プログラムで、緊縮財政をしいられることとなった。まさに「略奪による蓄積」(ハーヴェイ)だ。



■ギリシア債務危機の位相



 欧州においては、金融危機での金融・財政の改善が自国の力だけではできないとされる諸国を総称して、PIGSという言葉ができている。これは、ポルトガル・アイルランド・ギリシア・スペインの頭文字を意味するものだ。二一世紀に入り、ギリシア、アイルランド、スペインに債務危機が襲った。アイルランド、スペインは住宅バブルが原因だった。ここでは、ギリシアについて見ていこう。

ギリシアの財政赤字の原因は、公務員の多さにあるとする分析がある。全労働人口の4人に一人が公務員であり、それが生産性を阻害しているというわけである。だが、例えば、アタック・フランスが主張するものはそれとは異なっている。

ギリシアの債務累積は、ギリシアが軍事政権であった1960年代から始まっている。民政に移行してからも債務は増え続けた。その原因は軍事政権期からの武器の輸入にほかならない。ドイツやフランス、イギリス、ロシアといった国々の軍事兵器産業の得意先だ。「このような状況の下、軍事費は膨れ上がり、GDPの四%を占めるにいたったが(ちなみにフランスは二・四%)、EUは、ギリシアを財政支援する際、緊縮財政を要求したにもかかわらず、なぜか軍事費削減は要求しなかった」(「アタック」、一九八頁)とされる。
 さらに、インフォーマルセクター(非行政指導セクター。国家の統計記録がない産業で、非店舗の行商など)が、GDPの三五%を占め、税収の二〇%が失われていること。また、ドイツ、フランスなどの銀行が、欧州中央銀行から低利で資金を調達し、それより高利でギリシアの政府や民間部門に貸し続け、利益を得ていた。民間部門の債務はこの銀行ローンによって増え続けていた。

二〇〇九年、政権交代を機に、それまでの政府発表で、財政赤字がGDP比五%に対して、一三・六%(二〇一〇年四月発表の数字)であることがわかり、財政危機が表面化する。

それを発端として、ヘッジファンド、大手投資銀行による、ギリシア国債に対する投機がはじまった。つまり、「ギリシア債の価格を急落させ、CDSに対する投機と国債の『空売り』によって利益を上げようとした」(「アタック」、一九八頁)のである。

CDSは、本論冒頭で解説したような仕組みであり、この場合は、ギリシア債が投機対象となる。ギリシア国家が国債の債務の返済ができなくなった時、このCDSの発行元である銀行や保険会社が代わって、債権者に損害額を支払うが、CDSの買い手は売り手に保証料を支払わねばならない。ポイントは債務者の返済能力がなくなってゆくほど、保証料は高くなってゆく仕組みにある(また、実際に国債を保有していなくても、CDSは売買できる)。さらに、ヘッジファンドなどの機関投資家たちがギリシア国債の『空売り』を展開した。

この場合の「空売り」の契約は、ギリシャ債が、現在あるユーロ価値に対し、例えば、一〇%下がった数か月先に予測される価値で売る内容で契約する(契約時は、まだ購入しない)。実際は、数か月先、一五%下がっていれば、その一五%下がった価値で買ったギリシャ債を、契約通り一〇%下がった価値で売る。五%の儲けがでるという手法だ。

「そのため機関投資家は、ギリシア国家財政の危機を鳴り物入りで騒ぎ立てた。……続いて、このようなCDSの急騰を見て、格付け会社は、ギリシア政府の返済能力が低いと判断し。国債の格を下げた。その結果、国債の金利が急騰し、ギリシア政府の借金は膨らみ、危機がさらに深刻化した」。二〇一〇年五月、EUによるギリシア救済措置が講じられたが、それは、ギリシアの国家破産で、債務一部帳消しなどの事態を避け、投資家たちの利益を守るためだったと、アタック・フランスは分析する。

その結果、ギリシアは緊縮財政を強いられ、「定年退職年齢が六七歳に引き上げられ、年金は七%、公務員の給与は一五%削減され、消費税は二%引き上げられた」(「アタック」、二〇〇頁)ということになった。

 

■富裕層の世界権力とヘッジファンド



以上見てきたようにヘッジファンドは、世界中を、こういってよければ<遊牧>し、各国の財政矛盾に付け込んで、大きな権益をあげている。

例えば、反貧困NGO・オックスファムが二〇一四年に出した数字では、世界の個人資産の上位一%が所有する富は、世界の四八%、一人当たりで平均二七〇万ドル(約三億二〇〇〇万円)だが、それは、厳密な数字がどうの、というよりも、その規模にまずは注目すべきだ。そして、その資金運用では、レッバレッジを効かせたもっと、大規模な額の運用が可能となるだろう。

「ヘッジ・ファンドなどが動員する投機マネーは、一国の経済を呑み込むことができるばかりか、世界経済を震撼させるだけの規模があるのである。……ここで『レバレッジを利かせる』という手法が重要になる。レバレッジとは英語で『梃子』という意味だが、金融の世界ではこれを、実際の手持ちの資金よりも大量の資金を動かして投資する行為をさして読んでいる。ヘッジ・ファンドは、調達してきた大量の資金を元手に借り入れをしてレバレッジを利かせる・そうして非常に危険であるが極めて高いリターン・レートの投資、というよりは投機を行っている。そのレートは実物資産に対する投資のレートをはるかに上回る。そのため本来ならば実物資産に向かうはずの投資に金が回らなくなる」(志賀櫻『タックス・ヘイブン――逃げてゆく税金』、岩波新書、二〇一三年、一五二~一五三頁)。

こうして得た収益は、ヘッジファンドが、一般の人々に資金を公募する株式会社などとは異なり、少数の私的に集まった人々の資金で運用されるため、公的規制が適用されない。さらに、租税回避地が、これらの収益をまもることとなる。

「ヘッジ・ファンドは、タックス・ヘイブンないしオフショア金融センター(オフショア・マーケット……国内市場と切り離した形で、被居住者の資金調達、運用を、金融、税制、為替管理などの機制が少ない自由な取引として認める市場と一般に規定されているもの――引用者)で設立されていることが多い。これは、タックス・ヘイブンの重要三要素である、税制、秘密保全、規制監督法制などを考えての選択である。たとえば、ソロスのクォンタム・ファンドはキュラソー(タックス・ヘイブンでカリブ海にある、オランダ王国の構成国――引用者)で設立された」(同上、一五六頁)ということである。



■結語

本論では、ヘッジファンドに代表される金融の自由化の様態を概観してきた。まさにこのヘッジファンドが富裕層支配の突撃隊である。

この投機に対する規制の方法については、投機行為に対するトービン税などでの課税の主張、「民主主義的グローバリゼーション」でのヘッジファンドの廃止やデリバティブの廃止などの主張、ピケティによる「税制社会国家」の主張、反グローバリゼーションの地域共同体の復権・創造という考え方などが、いろいろな人々によって展開されてきた。とりわけ、二〇一二年におけるフランスでの金融取引税の成立で、それらの主張が、いかほどかの現実味を帯びてきたものでもある。この仏金融取引税だが、対象は上場株式や一部のデリバティブに対するもので、買い手に〇・二%の税率での課税が実施されている。

日本では海外合弁企業における法人所得の海外流出に対する移転価格税制などは、日本でも実施されているが、投機や資産に対する税制対策は、これからである。

同時に今後、先に挙げたさまざまな主張には、さらに具体的な政策提言や法制定プロセス、または、転じて、投機資本主義打倒の革命プロセスとして現実化して行く道のりをあきらかにすることが求められているといえるだろう。