【連載】イラン侵略戦争とNSS(米・国家安全保障戦略)2025
【第三回】「米中争闘戦とドンロー主義=米「西半球」覇権戦略」≪1≫≪2≫、≪3≫の冒頭部分)
渋谷要
最終更新2026・03・26 20:20
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※本論での、「米・国家安全保障戦略2025」の訳は、「niming538の日記」2025-12-12,「米国国家安全保障戦略2025全文+翻訳(トランプによる前文付き)NSS2025」に依ります。
NSS(国家安全保障戦略)2025目次————
Ⅰ、序論―アメリカ戦略とは何か
1アメリカの「戦略」はいかにして道を誤ったか
2,トランプ大統領による、必要で歓迎される是正
Ⅱ、アメリカ合衆国は何を望むべきか
1, 我々は全体として何を望むのか
2, 世界において、そして世界から、我々は何を望むのか
Ⅲ、我々が望むものを得るために、アメリカが利用可能な手段とは何か
IV. 戦略
1. 原則 「国家利益の集中的定義」「力による平和(Peace Through Strength)」「非干渉主義への基本的傾向」「柔軟な現実主義」「国家の優位性(国家中心主義)」「主権と尊重」「勢力均衡」「アメリカ労働者重視」「公正性」「能力と実力主義」
2. 優先事項 「大量移民の時代は終わった」「中核的権利および自由の保護」「負担分担と負担移転」「平和を通じた再整列「経済的安全保障――『均衡ある貿易』『重要な供給網および重要物資へのアクセス確保』『再工業化』『防衛産業基盤の再生』『エネルギ―覇権』『アメリカ金融部門の覇権の維持・拡大』」
【★★前回第2回は、ここまで★★】
3. 地域
「A、「西半球:モンロー主義に対するトランプ・コロラリー(――「参加させる」「拡大」)
【★★★今回第三回は、ここまで★★★。次回第4回も、この部分を扱います】
「B、アジア:経済の未来を勝ち取り、軍事的対立を防ぐ」(――「力の立場から主導する」「経済:究極的な利害」「軍事的脅威の抑止」)//「C、ヨーロッパの偉大さを促進すること」//「D、中東 負担を移し、平和を築く」//「E、アフリカ」。
≪1≫【ドンロー主義の定義と「西半球」覇権戦略】
今回は、NSS2025の「Ⅳ戦略―3地域」という節の、第一節である「A、西半球:モンロー主義に対するトランプ・コロラリー(「参加させる」「拡大」)」というところを読むことにしよう。
●【そもそも「西半球」とは、どこのことか?】
ここで、本題に入ってゆく前に、「西半球」という事の定義について、確認をしておこう。西半球とは「西経0度~西経180度」の地球の範囲のことである。ウィキペディアでは「アメリカ大陸、ユーラシア大陸の西端と東端、アフリカ大陸の一部西部地域、南極大陸西南極、大西洋の大部分西部地域、太平洋の東部」とある。
NSS2025では、基本的に南北アメリカ大陸とその周辺の海域が対象となっている。
●【「モンロー主義に対するトランプ・コロラリー」について】
NSSは次の様にのべている。
「長年の放置を経て、アメリカ合衆国は、西半球におけるアメリカの卓越した地位を回復し、本土と地域全体にわたる重要地理へのアクセスを守るため、モンロー主義を再主張し、これを厳格に執行する。
我々は、西半球外の競争勢力が、この半球において、兵力やその他の脅威となる能力を配備したり、戦略的に重要な資産を所有・支配したりすることを認めない。
このモンロー主義に対する「トランプ・コロラリー」は、アメリカの安全保障上の利益と整合する、常識的かつ強力なアメリカの力と優先順位の回復である」。
このコロラリーとは、「ある事柄から論理的に導き出される必然的な結果や帰結」を意味するとされる。だからモンロー主義のトランプ的「帰結」などということになるだろう。だから、モンロー主義の内容の確認が必要だ。
●【モンロー主義の解説】
ここでは本論に必要と思われる内容のみを確認する。1823年12月、当時の合衆国大統領ジェームズ・モンローは、合衆国議会において「モンロー教書」といわれるものを表明した。これがモンロー主義といわれるものの、誕生だ。
モンロー主義は、南北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸諸国の、【相互不干渉】を主張たしものだ。例えば、合衆国は、欧州での諸国間の争いに関与しない。欧州の諸国は、南北アメリカ大陸の独立国家に対してどのような干渉もするべきではなく、また、南北アメリカ大陸に対し、欧州諸国が植民地を新設することを禁止する。こうした、ヨーロッパなどの外部勢力による【干渉や植民地化は、すべて★★合衆国に対する敵対行為★★とみなす】、などというものである。それは、南北アメリカ大陸における、合衆国の覇権―絶対的な支配権を意味する宣言だった。
【これに対して】、現在の南北アメリカ大陸に対する干渉と植民地化を仕掛けてきている外部勢力は、ヨーロッパではないだろう。【後述するように】「中国」である。
●【トランプ大統領の目的=米中争闘戦に勝利すること】
トランプ大統領の「西半球」ドンロー主義は、デンマーク領グリーンランドの領有の主張、パナマ運河の合衆国による領有権の主張、カナダを「51番目」の「州」とする主張、ベネズエラ反麻薬戦争(2026年1月)など、南北アメリカ大陸における合衆国の覇権を創造する政策を展開するものとなっている。
だが、それは、パナマ運河問題一つとっても、中南米における米中の市場・資源争奪戦という、21世紀に入ってとくに画期されてきた、攻防を、舞台としているのだということを前提とするものにほかならない。
まさにNSSには、外部勢力の伸長をどのように阻止し、破壊するかという事が、書かれている。例えば「西半球外の競争勢力(「中国」のことだ――引用者・渋谷)は、現在においてアメリカを経済的に不利にするのみならず、将来的に戦略的害を与え得る形で、この半球への重大な進出を果たしてきた。これらの進出を、真剣な反撃なしに許してきたことは、近年におけるアメリカのもう一つの大きな戦略的過誤である」。として、【後述するように】外部勢力の伸長を阻止・粉砕する政策の考え方などが書かれている。
≪2≫【米中争闘戦(1)――パナマ・グリーンランド・カナダを巡る攻防】
NSS2025の当該箇所を読む前に、現実に展開してきた中南米における米中争闘戦=市場争奪戦を概観することから始めよう。というのも、NSS2025では、抽象的な文面しか書かれていない。だが、現実をまず見れば、どういうことかわかるということだ。この分析では、NSSが現実に対して対応し、それをどうしたいとかんがえているか、を見てゆくことにする。
●【パナマ運河問題】
まず、米中対立を象徴してきた一つの事例から出発しよう。パナマ運河問題だ。
1903年、パナマ地峡はコロンビアから独立し「パナマ共和国」となった。合衆国はパナマとパナマ運河条約を結び、運河の建設に着手。1914年8月運河は開通した。運河収入はパナマに属するが、運河地帯の施政権と運河の管理権は合衆国が把握することとなった。また、運河地帯両岸の合衆国の「永久租借地」には、軍事施設が設置された。
1977年、合衆国大統領ジミー・カーターは、新パナマ条約を締結。中立無差別な通航が保証されるのと引き換えに、79年に主権をパナマに返還した。これで、合衆国の領土ではなくなった。それを起点として20年間、運河管理を両国で行うことが契約された。そして、1999年12月、合衆国は全施設を変換し、米軍を撤収した。それ以降、パナマ運河はパナマ共和国の管轄により運営されている。
これらが前提としてある話だ。問題はここからだ。
2024年、合衆国大統領トランプは、パナマ運河に対して、通航料を引き下げるか、合衆国の管理下に戻すよう訴えた。とりわけトランプが問題としたのは、同運河にある二つの港、バルボア港、クリストバル港が、香港企業CKハチソン・ホールディングスの子会社 パナマ・ポーツ・カンパニー(PPC)の運営(1997年以降)である点だ。そのことに対しトランプは「パナマ運河は中国の支配下にある」と主張し、奪還を宣言したのである。ハチソンは、2025年3月、パナマ2港をはじめ、世界43の港湾の権益を合衆国の企業連合(ブラックロックを中心とする)に売却することで合意した。
だが、北京中南海が反対を表明。他方、パナマ会計監査院長が、ハチソンとの2021年から25年間の契約延長に不正があったとして、利権の無効化を求める裁判を提起そして、26年1月、パナマ最高裁は、「契約延長を憲法違反とする」判決を下した。これにより、バルボアとクリストバルの港の資産と運営権は、パナマ政府に接収となった。PPCは、これに対し、国際仲裁の手続きを開始しているという。
中国中南海は、このトランプ一派の動きに対し、中国国営企業のパナマに対する新規事業計画を停止するよう指示した。これによって、数十億ドル規模の投資が失われる可能性があると言われている。インフラ・技術・人材育成などに多額の投資を中国は行ってきた。それが消去されることになる。米・中の攻防はこれからもつづくだろう。
●【トランプによるグリーンランド併合政策】
1979年以来(現在)、グリーンランドは、デンマークの自治領となっている。さらに、1985年、グリーンランド政府は、EUを脱退した。これらは、グリーンランドの独立運動=ナショナリズムの強固なことをうかがわせるものである。これらのことが前提になる話だ。このグリーンランドに対して、トランプは、合衆国が領有・併合するという考えを示している。
例えばトランプは2026年1月9日ホワイトハウスでの記者会見で、グリーンランドについて問われ、「穏便な方法でだめなら、強硬な方法をとるだろう」と発言(AFP BB News2026/1/10 7:53 発信地ワシントン 米国「トランプ氏 『ロシアや中国にグリーンランドを領有させるつもりはない』武力行使も排除せず」)。
このグリーンランドを巡っては、中・ロの軍事活動の活発化の他、レアアースなど鉱物資源が埋蔵されており、安全保障上の重要さが増している地域というのがトランプの計算にある。
軍事的には、ロシアが「GIUK gap(ギャップ)」というグリーンランド(Greenland)、アイスランド(Iceland)、イギリス(United Kingdom)を結ぶ要衝に潜水艦などの活動を展開(※ここは、イギリスにとって特に重要な安全保障の空間をなしている)。また想定では、ロシア軍が米本土をミサイル攻撃してきたとき、グリーンランドの上空を飛行すると考えられ、グリーンランドにもミサイル迎撃システムを配備する必要があるということからだ。
これは、「ゴールデンドーム」という米本土を防衛する次期ミサイル迎撃システムの完成にとっても不可欠だとされている。グリーンランドには、1951年から米軍が、グリーンランド北西部に軍事施設を設置している、現在も米軍が駐屯している。規模は150名程度といわれるが、冷戦期には、数千人規模が駐留していといわれる。
また、この領有をめぐっては、トランプ一派は、住民一人当たり10万ドル(1500万円)の一時金を配布するなどの「購入」構想(住民は約5万7000人、総額で60億ドル(約9400億円))も浮上している。
こうしたことに対し、2026年1月6日、英、仏、独、伊、ポルトガル、スペイン、デンマークの首脳が「グリーンランドは、その土地の人々のものであり、デンマークとグリーンランドだけが、両者の関係を決定する」「北極圏の安全保障はNATOが共同で達成する必要がある」という共同声明を発信している。
また、同日、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンの北欧5か国の外相も、同様の共同声明を発表している。これらに、カナダやオランダ、スロバキア政府などから、支持が表明されている。トランプのグリーンランド収奪には、グリーンランド現地住民をはじめとして、欧州帝国主義主流派なども、反対を表明しているということだ。
●【カナダを51番目の州に】
2025年5月、カナダの首相に就任したマーク・カーニー首相と、ホワイトハウスで会談したトランプ氏は、カナダを「51番目の州」とよび、カーニー氏が「カナダは売り物ではない」と反論する場面があった(朝日新聞デジタル2025/5/7 5:30、ニューヨーク=杉山歩「カナダ首相『売り物ではない』 トランプ氏の「51番目の州」に反論)。
このトランプのカナダ併合論は、例えばトランプの自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」で、2024・12・18に投稿したものでは「多くのカナダ人は、カナダがアメリカの51番目の州になるのを望んでいる。そうなれば税金を大幅に節約できる、軍事的保護も得られる。素晴らしいアイデアだと思う。51番目の州だ」というものだ。
こうした問題は、「相互関税」発動との関係で、提起されているだろう。カナダの輸出品の約75%は、対米輸出だ。こうしたことは、このトランプの関税政策に、中国が介入してくることで、合衆国にとって、安全保障上の重要な問題を画期することになっていく。
それが、2026年1月16日に、北京において行われた、習近平国家主席とカーニー首相の関税に関する会談だった(「中国とカナダが首脳会談 関税引き下げで合意」(BBC News Japan)2026年1月17日(ローラ・ビッカー(北京)、スランジャナ・テワリ(シンガポール)、コーユー(シンガポール)、ジェシカ・マーフィー(トロント)。以下引用は、同記事から)。
そこでは、カナダと中国の冷え込んだ交易関係が改善される、数字がまとめられるものとなった。
●【カナダと中国の交易の活発化】
「中国はカナダ産キャノーラ油に課している関税を、3月1日までに現在の85%から15%へ引き下げる見通し。一方でカナダは、中国製電気自動車に対し、最恵国待遇の税率6.1%を適用することに合意したと、カーニー首相は記者団に説明した」。
これは、この間の、対中貿易とは、ベクトルが明らかに逆になったことを意味している。つまりこうだ。
「2024年にカナダは、中国製電気自動車に100%の関税を課した。アメリカも先に、同様の措置を取っていた。これを受け、中国は昨年、キャノーラ種子や油など20億ドル超相当のカナダの農産物に報復関税を課した。その結果、2025年のカナダの対中輸出は10%減少した」ということだ。
だが、「16日の合意では、カナダは中国製電気自動車について、年間4万9000台まで、最恵国待遇の税率6.1%を適用することになる。
この台数の上限は、手ごろな価格の中国製電気自動車の流入を懸念するカナダの自動車メーカーに配慮したものだ。
キャノーラ生産者への救済措置に加え、カナダ産ロブスターやカニ、エンドウ豆に対する関税も引き下げられる。
中国はカナダにとってアメリカに次ぐ第2の貿易相手国だが、その取引量は対米取引には大きく及ばない」。
そこで、カナダと中国はいろいろな商談に乗りだしている。
「14日に北京入りすると、カーニー氏は電気自動車用バッテリーメーカーやエネルギー大手など、中国の有名企業の幹部らと面会した。15日には、カナダと中国が、エネルギー・貿易協力に関する複数の協定に署名した」という。
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こうして、中国中南海による、合衆国の世界戦略地図に対する阻害と破壊の政策、まさに、米中争闘戦・市場争奪戦は、まさにトランプ一派が、「西半球」とよび、ここでは、合衆国以外のいかなる覇権や、アメリカを無視した、例えばサプライチェーンの構築も許さないといっているその、ホワイトハウスの本来の領地に入り、それを、取り崩そうとしておこっていることなのである。だから、「合衆国の裏庭」といわれたその領地が、今やそうではなくなりつつある。
この危機に対する対策が、まさにNSS2025の「西半球」覇権戦略なのだ、ということだ。では次に、中国は、アメリカ大陸の市場に、どこまで入り込んでいるのか。そのことを見て行こう。
≪3≫【米中争闘戦(2)――中南米における「一帯一路」を巡る攻防】
●【中南米における現在の「一帯一路」参加政権】
中国はアメリカ大陸の市場にどこまで入り込んでいるのか。もっとも、わかりやすいのは、中国の世界戦略地図「一帯一路」がこの地域で、どのような拡張を見せているかという事だ。
中南米域内の33か国中、20か国以上が「一帯一路」に参加している。
「中南米はリチウムや銅など中国にとって重要な天然資源の供給源であると同時に主要な輸出先ともなっている。中国と中南米諸国の24年の貿易総額は5184億ドル(約76兆円)で、過去10年間でほぼ倍増しており、なかでもブラジルやチリなど資源国との貿易額は飛躍的に増加している。
中国は既に中南米最大の貿易相手国となっているばかりか、「一帯一路」構想の一環として、各国に対し港湾、鉄道、道路、通信網などのインフラプロジェクトに大規模な投資や融資を行っている。
域内33カ国中、20カ国以上(ブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルー、エクアドル、パナマ、コロンビア、ベネズエラ、エルサルバドル、コスタリカ、ウルグアイ、キューバ、ボリビア、ドミニカ共和国等)が一帯一路構想に参加している。
資源の確保と自国経済にとって重要な市場である中南米のインフラ開発にも積極的に協力しカネとモノの両面で相互依存関係を深めることで、中国は中南米で急速に存在感を増しているのだ」ということだ。 【この項つづく】
(次回第4回予告「米中争闘戦とドンロー主義=米『西半球』覇権戦略」の≪3≫のつづきから、です)