2026年5月3日日曜日

【連載】イラン侵略戦争とNSS(米・国家安全保障戦略)【第7回】米中争闘戦のアジアーインド・太平洋地域における戦略地図と日米右派・高市一派≪5≫安保三文書改訂問題と武器輸出問題 渋谷要

 

 

 

【連載】イラン侵略戦争とNSS(米・国家安全保障戦略)【第7回】米中争闘戦のアジアーインド・太平洋地域における戦略地図と日米右派・高市一派≪5≫安保三文書改訂問題と武器輸出問題

渋谷要

 

最終更新2026・5・03 23:20

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本論での、「米・国家安全保障戦略2025」の訳は、「niming538の日記」2025-12-12,「米国国家安全保障戦略2025全文+翻訳(トランプによる前文付き)NSS2025」に依ります。

 

NSS(国家安全保障戦略)2025目次————

、序論アメリカ戦略とは何か

、アメリカ合衆国は何を望むべきか

、我々が望むものを得るために、アメリカが利用可能な手段とは何か

IV. 戦略

1.   原則 2.   優先事項【★★以上、第2回★★

 3.   地域

A、「西半球:モンロー主義に対するトランプ・コロラリー(――「参加させる」「拡大」)

★★★以上、第3回、第4回★★★

 B、アジア:経済の未来を勝ち取り、軍事的対立を防ぐ」(――「力の立場から主導する」「経済:究極的な利害」「軍事的脅威の抑止」)(★★★【第5回】、【前回第6回】【今回第7回】★★★

 //「C、ヨーロッパの偉大さを促進すること」//「D、中東 負担を移し、平和を築く」//「E、アフリカ」。

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≪5≫【安保三文書改訂と武器輸出問題―――日本、米国製ドローン大量生産のプロジェクト……右派改憲に先行する「戦後国家」の破壊】

 

●【安保三文書改訂問題――「新しい戦い方(AI、ドローンなど)」が改定内容の一つに】

 

現在日本では、スタンド・オフ・ミサイル配備(長射程ミサイル⇒※)が進められている。また、これを一環として日米IAMD構想(統合)防空ミサイル防衛がすすめられ、2014年には、ハワイの米軍司令部に「太平洋IAMDセンター」が設置された。こうした、日米ミサイル一体化計画や、さらに航空自衛隊の航空中自衛隊への法改正。さらに沖縄・南西諸島軍事基地化がすすめられている。

 

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(※)「スタンド・オフ防衛能力の強化」……「令和7年版 防衛白書」「第Ⅲ部第1章第2節1 スタンド・オフ防衛能力」……「1基本的考え方 スタンド・オフ防衛能力とは、侵攻してくる艦艇や上陸部隊などに対して、その脅威圏の外から対処する能力である。長射程化され、迎撃を回避できる高い残存性をもつスタンド・オフ・ミサイルなどにより、脅威圏の外から攻撃することで、自衛隊員の安全を確保しつつ、わが国に対する攻撃を効果的に阻止することができる。また、スタンド・オフ防衛能力は反撃能力にも活用されるものである。」

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(なお、IAMD構想と安保三文書に関しては拙論では、「日米安保軍の単一軍化をめざす日米IAMD構想(「——反撃能力」の概念と安保三文書)に関するノート」/本ブログ「赤いエコロジスト」2023/02/28を、参照のこと)

 

こうした戦争国家化を支える「日本版軍産複合体」の展開は、すでに、「防衛産業」では「防衛備品・設備」など、「機器」「車両」「武器」などの製造・受注・販売などの市場運営として展開されてきた。これに「武器輸出問題」、いわゆる「五類型」撤廃(⇒殺傷兵器輸出認可など)が加われば、その市場展開、生産―開発態勢は急速に向上することが予測される。これは同盟諸国の共同軍化の基礎の一つであると同時に、技術と市場全体の軍事化などに展開してゆくものだ。

 

さらに、4月27日(2026年)の、政府による★★「安保三文書」に関する改定★★の「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」の初会合では、★★「新しい戦い方」(AI、ドローン戦争などが基軸となる)★★、「継戦能力」創造・保持、「経済安保」の三点が、課題として挙げられたようだ。

 

これら三つに、「経済の軍事化」という概念を設定することで、戦争国家化の戦略地図が浮かび上がる構図が、見えてくるのではないか。また「非核三原則見直し」「原子力潜水艦導入」「対中政策」などが、課題としてあげられているという。

 

さらに、4月15日、高市首相とポーランド共和国のドナルド・トゥスク首相との会談(総理官邸)では、「ウクライナ支援で一致」。4月18日、小泉防衛大臣が、オーストラリアのマールズ副首相兼国防大臣と会談(メルボルン)し、オーストラリア海軍の艦船共同開発で合意した。海上自衛隊の最新鋭護衛艦「FFM」(もがみ型)能力向上型をベースにするものだという。日豪は、合衆国と同盟関係にある。共同開発によって軍事的連携を強化する狙いだ。

 

●【イスラエル製ドローンを購入するな!】

 

 このような武器取引の問題では、2024年、日本国内で、防衛省が「無人アセット(ドローンや無人潜水艇などのこと)防衛能力」の強化(※)のため、小型攻撃用ドローンを310機導入する、その場合、候補の一つとしてイスラエル製ドローンを導入候補機に含むとの情報が浮かび上がった、そして、防衛省は一般競争入札(2026年2月17日)の予告をおこなった。その策動に反対し、防衛省前で、抗議行動と、ハンガーストライキが、闘われた。結果、イスラエル製は入札に参加しないことになった(オーストラリアのディフェンド・テックス社が落札)。

イスラエルは、ガザで国際法違反の占領を行い、ガザでのジェノサイドを強行してきた。そして、ガザを攻撃ドローンの実験場としてきたのであった。実際にジェノサイドに使われたイスラエル製兵器を入札することは、虐殺への加担以外のなにものでもないだろう。それはイスラエル軍需企業の利益となるばかりでなく、ガザ虐殺者イスラエル製の兵器を購入するルートを容認することになる。

 そこで、防衛大学校卒業生らを中心に、闘いが取り組まれた。防衛省前抗議行動―ハンガーストライキの闘いだ。●2・17入札についてイスラエル製ドローンの採用をやめろ。●すべてのイスラエル製装備品の取得検討を中止せよ。取得済みの装備品に関して、イスラエル企業を排除せよ●防衛装備庁に「ビジネスと人権」監査部署を新設し、以後の防衛装備品調達に当たっては戦争犯罪や人権侵害、国際法違反への加担を防ぐため厳正な審査を行うこと。等々の「要求項目」(※この文では、文章として省略している部分がある)を発表した。前述したように2・17入札においては、イスラエル製の採用は、「不参加」という形で、外れた形となった。

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(※「無人アセット防衛能力」……「令和7年版 防衛白書 第Ⅲ部第1章第2節「3 無人アセット防衛力の強化」「1基本的考え方……「無人アセット(装備品)は、有人の装備品と比べて安価であることが多く、また、危険な環境下や長時間連続で運用することができる。さらに、AIArtificial Intelligence)と組み合わせて運用することにより、無人アセットを、同時に、かつ、大量に運用できるほか、運用する要員の養成も容易であるといった特性がある。

こうした特性を踏まえ、これまで有人の装備品が担っていた業務の効率化や、無人アセットによって新たに可能となるオペレーションに無人アセットを活用することで、任務に従事する隊員の危険や負担をできる限り減らしつつ、陸上、水上、水中、空中において、非対称的な優勢を確保することができることから、無人アセットを幅広い任務に効果的に活用していく」。

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こういう中で始動し始めたのが、日本によるこの米国製の殺傷型攻撃ドローンの生産である。

 

●【日米共同で米国製殺傷型攻撃ドローンの生産】

 

安保三文書改訂の内容は、すでに、実践としてはじまっている。それがAI.ドローンを使用した「新しい戦い方」だ。つまり、三文書改訂とは、“改訂を通して政策を開始する”の【ではなく】、現在の三文書には集約できない、【新しい課題、事業をやることで、それを、文書で追認】するという、ものにほかならない。

 

前提としては、高市内閣は、閣議と国家安全保障会議(NSC)の決定として、武器輸出原則の「5類型」を撤廃する方針を決定した(2026/4/21)。この脈絡において、以下のプロジェクトが展開されようとしているということである。

 

日米デュアルユース(軍民両用)協力での一番初めの計画として、殺傷型攻撃ドローンの生産が持ち上がっている。このドローン兵器は、実践に使われ、また、様々な第三国に輸出される可能性がある。このデュアルユースでの協力連携の構築は、この間、高市内閣が、防衛装備輸出原則「五類型」を廃止し、殺傷兵器の輸出を解禁した脈絡の中で、起こってきたことだ。

 

ドローン兵器は、全体主義ファシスト・クレムリンのウクライナ侵略戦争と、これに対するウクライナの徹底抗戦のなかで、兵器生産・技術革新がおこなわれ、ウクライナにとっては徹底抗戦の継戦能力を維持するものへと展開しており、まさにドローン戦争という局面を作り出している。

 

この事業には日米両国のドローン生産企業の約50社が、技術者、生産設備、技術開発などで連携するという。世界的に見れば、中国がこのドローン市場に大きな市場を開拓している。これに対抗した、軍事製品のサプライチェーン(供給網)を構築・拡大する計画だ。

 

所轄担当省庁としては、日本側は経済産業省、防衛省、合衆国は、国防総省、在日米国大使館が担当することになっている。

この脈絡の中で、例えば、AIの軍事技術への組織化に重要な役割を果たしてきたパランティア・テクノロジーズのピーター・ティール会長が、3月5日に、首相官邸で高市首相と会談するなど、協力体制が本格化している。(※国会答弁では高市首相は、パランティアとの技術協力について否定している)。

 

 「パランティアは優れた戦闘力と装備を備えていると証明された」。トランプ米大統領は10日、自身のソーシャルメディアへの投稿で、同社を名指しで称賛した。対イラン軍事作戦が展開されるなか、「敵(イラン)に聞いてみろ!」と続けた。

 実際、米軍にとってパランティアは欠かせない存在と言える。米国防総省の軍用AI政策「プロジェクト・メイブン」で基幹システムを提供・運営。米新興会社アンソロピックのAI技術と組み合わせ、これまでバラバラだった膨大な収集データを網羅的に分析し、どの標的を攻撃すべきか瞬時に導き出す仕組みだ」(毎日新聞2026/3/5 12:00「高市首相にも接触 イラン攻撃で米軍が頼るデータ解析企業の正体」)。

こうした、軍拡の技術的高度化が、これからの課題となっているのである。それはもうすでに、事業として実践されているものだ。

 

ここで、武器輸出に関する政府方針の変遷について見て行こう。

 

●【「殺傷兵器」輸出解禁への道――その歴史的出発点】

 

1945年、大日本帝国は、連合国に敗北した。連合国として日本を管理した合衆国は「大日本帝国」の【徹底した武装解除】にとりかかった。

 

その一つが、ファシスト国家「大日本帝国」の武装解除の最高法規である「憲法九条」である。★★★★だから、これは、日本側か、占領軍側(これは連合国の側、現在の「国際秩序」の側という事だ)か、という論争があるが、そんなことはどうでもいい。★★★誰が作ろうが関係なく★★★★、【大日本帝国というファシスト国家の武装解除としての意味と意義を待つ】ものに、変わりはない。その場合、「戦力不保持」「交戦権否認」「国際紛争解決手段としての武力行使の放棄」がその内容となる。

 

★★★そもそも以上の前提は、日本が戦後、国際連合(連合国=UN)に加盟するのは1956年だ、という事が決定的な話の元になっていなければならない。★★★

 

国連総会、1956年12月18日、日本の加盟を可決だ。もちろん、国連憲章の「敵国条項」の対象の国としての日本国の国際社会での位置関係は、変わらない。いつまた、ファシスト国家になるかわからない国なのだ。つまり、「憲法九条」は、「大日本帝国=ファシスト国家の復活を許さない」という「国際社会」の共通した意志のもとに、確認されてきたということだ。右も左も関係なく――このことをどう考えるかは別に――このことを、絶対に忘れてはいけない(【文末注】参照)。

 

国連憲章第53条は、安全保障理事会の許可なく、「敵国」の侵略行為があれば、それを排除できるとしている⇒今日、中国、ロシア、朝鮮というスターリン主義党国家権力起因の現代ファシスト国家権力——いずれも第二次大戦の戦勝国——が、現在の高市一派批判として、「日本の再軍備」を批判しているのは、この脈絡での話だ。

 

それは国内的には、戦後の日本国家を、平和と民主主義の国家として形成していこうとする、様々な人々(左翼や平和主義者だけではない。中道、保守系列の人々も含めての話だ)の【様々な舞台設定】を準備した。この場合、防衛問題は、「憲法九条」の政府解釈―内閣法制局解釈を基軸として言えば、「専守防衛」という軸で、国会論戦などが、おこなわれていくことになる。

 

●【日本の再軍備——日米安保体制の形成】

 

★★★だが、この歴史的出発点をなす時期は、同時に、「大日本帝国」というファシスト国家を解体したアメリカ帝国主義のヘゲモニーで、日本が、再武装してゆく過程であった★★★。ここで武器輸出問題をおおきく規定する安保(軍事同盟)の問題を振り返ろう。(※なお、日本国憲法制定の前日に、最後の「天皇の勅令」としてだされた「外国人登録令」をはじめとする戦後排外主義の問題は、本論別章で扱うものとする)。

 

憲法九条は、「戦力不保持」を明記していながら、自衛隊の合憲化のための解釈改憲になぜ無力だったのか。まさに法制定(1947年5・3)時は「国家正当防衛権の如きことを認むることが有害であると思う」とする1946年6月衆議院本会議での吉田首相の言明に象徴されているように、「9条」は「侵略戦争」に限らず、「自衛戦争」もまた否定するものとして会社かう解釈された。

だが、1945年以降の、朝鮮民族解放闘争の前進、中国革命勝利(1949年)などを受け、アジアに東西冷戦の戦争地図が形成されてゆく。合衆国の権力者たちはこれに対し、日本を「反共の防壁にする」(ロイヤル陸軍長官演説/48年1月6日)ことをめざし、日本帝国主義の復活を援助する政策を取り始めた。50年1月1日、マッカーサーは年頭の辞で「日本国憲法は自己防衛権を否定せず」と声明し、ここに〈九条は、自衛権を認めており、それに対応する国家組織が建設されてよい〉とする、いわゆる九条の空洞化が開始されることになったのである。

 

50年朝鮮戦争の勃発と前後して米帝は、朝鮮侵略戦争のために日本政府に協力を要請し、8月、警察予備隊令を公布した。さらに、52年、日米講和条約と同時に日米安保条約を発効し、日本帝国主義の復活、日米同盟の形成へと向かうのであるが、この過程を通じて九条は変更されてゆく。

 

警察予備隊から保安隊(52年発足)への改組が議論されていた52年3月の参議院予算委員会では、「自衛のための戦力は合憲」(吉田首相)と言う説が、また、保安隊から自衛隊(54年発足)への改組が議論されていた衆議院予算委員会では、「戦力なき軍隊」(吉田首相)が、さらに、これらをふまえて「自衛に必要な最小限の実力は合憲」とする自衛力論(内閣法制局)が説かれはじめた。

 

自衛隊発足時の参議院における「自衛隊の海外派兵禁止」決議をふまえつつ日帝は、自衛隊が「国民を守るためだけのもの」であると正当化し、自衛隊合憲論をアピールし、自衛隊建設に反対する人民の反戦の闘いをかわそうとしたのである。かかる「九条解釈」を積み上げていくことにより、1978年、有事の際の日米共同作戦を想定する「日米ガイドライン安保」へと至り、集団的自衛権――同盟国の攻守同盟――が展開されている。このようにして日帝は、九条があるにもかかわらず、自衛隊を増強してきたばかりか、三矢作戦計画などの有事立法研究——その有事作戦によって、治安出動で反政府勢力をせん滅・鎮圧などという許すまじき作戦計画・演習を展開してきたのであった。

これらが、1990年代⇒2000年代にかけての、PKO法⇒安保法制=集団的自衛権法制化へと至る日本再軍備の初期の経緯である。

 

●【武器輸出問題―― 一国国防武器から集団的自衛権のための同盟国―間―共有武器の必要性へ】

 

以上のような安保体制の変遷のなかで、その一つの舞台に、「武器輸出」問題があったということだ。

 

【武器輸出三原則(1967)】

東西冷戦の真ただ中、「武器輸出三原則」(1967年、佐藤内閣) が成立した。これは、日本における「国防のための」防衛産業が、拡大したことと対応している。そこで、交易にルールを明記するという必要があったのである。

「以下の国に対しては武器を輸出しない」というもので、●「共産国」,●「国連決議により、武器等の輸出が禁止されている国」、●「国際紛争当事国またはそのおそれのある国」に対して、禁輸を命じたものだ。

 

これに加え1973年には、「政府統一見解」(1973年、三木内閣)として「上記以外にも武器輸出を慎む」とし、「事実上の全面禁輸」が確認された。これは「武器技術、武器の国際共同開発、投資、軍事施設工事請負もこれに準じる」というものだ。

さらに1981年「武器輸出問題等に関する決議」(「武器輸出について、厳正かつ慎重な態度を持って対処する」では、この方向が徹底されることになる。

 

【武器輸出原則の例外化】

だが、1983年「武器輸出原則の例外化」が提起される。これは当時首相であった中曽根首相の軍拡路線の一つだ。1983年(中曽根内閣)=日米防衛協力の分野で、米国側から技術交流の要請が始まり、「対米国」について、三原則の「例外として対処」することになったのだ(「対米武器輸出供与」)。例えば1983年1月28日、参議院本会議で、中曽根首相(当時)は、「(武器輸出三原則は)日米安保に効果的運用のために必要な調整を禁じるものではない」と発言し、例外化が開始された。1983~2013年までの間に、21件実施されているという。例えば2013年(安倍内閣時)には、「F35の製造等に係る国内企業の参画」がある。

 

【中曽根の軍拡政治】

この1983年、中曽根首相は、日米韓の軍事一体化のために、1月から目まぐるしく政治日程を組織している。【1・11】中曽根首相、訪韓、全斗煥大統領と会談し「日韓新時代」を声明した。【1・14】政府、米の要請により武器技術の供与を決定。【1・18】中曽根訪米、レーガン大統領に「日米は運命共同体」と声明。【1・19】「日本列島不沈空母化・四海峡封鎖」の中曽根発言問題化。【1・24】中曽根施政方針演説「戦後史の大きな転換点」。【3・12】日米防衛協力小委員会、シーレーンに関する日米共同作戦研究の開始を確認。【4・12】中曽根、ヤスクニ春季例大祭への参拝に際し、「内閣総理大臣たる中曽根康弘」を強調。【5・24】政府、行政改革大綱決定。

【6・14】首相の私的諮問機関「文化と教育に関する懇話会」発足。【10・26】天皇在位50年記念事業の一つとして、立川「国営昭和記念公園」開園(立川に地域戒厳令)。【11・9】レーガン来日、天皇・裕仁と会見。中曽根と会談し、相互防衛確認。【11・14】自民党政調会内閣部会靖国小委員会、公式参拝を「合憲」とする見解まとめる。

さらに1984年には、【3.31】自衛隊中央指揮所の運用がはじまった。これは、83年11月の国家行政組織法改正により、行政機構の内部部局の編成は、法律事項から政令事項に改訂されたため、国会決議を経ずに「政令」で設置されたものだ。 また、【8・6】自民党安保調査会・法令整備小委員会で「スパイ防止法案第3次案」が作成された。(これは、1985年6・6議員立法として「国家機密法」を衆院に提出されたが、12・21廃案となっている)。さらに【11・21】中曽根、「日米共同作戦計画案」を了承(内容非公開)したというニュースがあった。

本論では日帝支配層のスケジュールの概観は、以上にとどめるが、こうした、政治日程、政治判断の構築と合わせて、武器輸出の政策が展開してきたということである。

 

【「防衛装備移転三原則——「5類型」とその廃止】

 

輸出緩和における規制ルールとしての★★「5類型」の新設★★――装備輸出緩和への転換は、2014年以降、安倍政権のもとで★★「防衛装備移転三原則」(2014年)★★の制定などとして本格化する。

このことは、集団的自衛権(安保法制——2016年制定)との関連を指摘するべきだろう。同盟国間での、武器・兵器の共有を通じた、共同作戦(命令伝達を含む)・連絡通信の円滑さなどの軍の一体化の前提の一つに、装備の共有があるからだ。だから、この三原則が今回、以下のように、変更された(「5類型」撤廃 =殺傷兵器の限定国への輸出)ことは、段階的に実現する計画としてあった、と分析しても何らおかしくはないだろう。

 

内容は次の様である。

●①「移転を求めない」⇒「締結した条約などの義務に違反する場合」「国連安保理決議に違反する場合」「紛争当事国への移転となる場合」。

 

●②「移転を認める」⇒「平和貢献・国際協力に資する場合」「日本の安全保障に資する場合」。

 

●③「移転先による適正管理の確保」⇒「目的外使用や第三国移転の際は日本の事前同意を義務付け」。

 

これにより、②のように「条件付きで」防衛装備輸出を認めることができるようになった。⇒そこで、輸出に関しては「規制」ルールが設けられた。

 

これが★★輸出に関する「5類型」★★といわれるものだ。

 

「救難・輸送・警戒・監視・掃海」である。これにより、殺傷力のある護衛艦、空母などの艦船、ミサイル、防空システム、戦闘機の輸出はできないことになっていた。

 

●【閣議と国家安全保障会議(NSC)による「5類型」の撤廃——「防衛装備移転三原則」の「一部改正」(「令和8年4月21日」)という法的位置づけ】

 

以上の五類型が今回、「撤廃」された。「防衛装備移転三原則」がすべて廃止されたわけではない。

 

だがこれで、殺傷兵器などをふくむ完全装備品の輸出ができることになったのである。もっとも、●「三原則」によって紛争当事国への防衛装備の移転は「禁止」されている。これは変わらない。問題は、「5類型」を廃止し、「非武器」と「武器」に分け、【殺傷力のある「武器」も、以下に示すような限定された諸国に移転できるようになった】、というものだ。

 

●輸出対象国は、防衛装備品技術移転協定の締結国・17か国(合衆国、イギリス、豪州、インド、フィリピン、フランス、ドイツ、マレーシア、イタリア、インドネシア、ベトナム、タイ、スウェーデン、シンガポール、UAE,モンゴル、バングラディシュ)に限定。

 

●武器(殺傷兵器)に関しては国家安全保障会議(NSC)の会合での審査を通過したもの(速やかに国会に通知するとされている)。⇒★★★※「5類型」廃止に伴い、「防衛装備移転三原則」に、2026年4月21日、「特に自衛隊法(昭和29年法律165号)上の武器(弾薬を含む。)に該当する完成品について」国家安全保障会議(NSC)の審査で承認された場合、「国会への通知および情報公開」をする【等】の、改正加筆部分が入ったということだ。★★★

 

こうした、同盟国間の武器輸出・兵器交易の緩和・全面化は、継戦能力を高めるとともに、同盟国軍の一体化を、技術面からも強化し、共同作戦などでの連携が効率よく一つの軍隊として動ける態勢をつくるうえで必要なものと、されている。以降、いろいろな国への護衛艦などの艦船などの供与など、様々な交流が展開されるという事になるだろう。

 

まさに★憲法改悪に先行する「戦後国家」の破壊にほかならない。★ ◆

 

★★【連載第8回】予告……自民党の改憲問題について、高市一派の改憲内容に関するイデオロギーを分析する。 「高市改憲論の中心命題はどこにあるか?――憲法第97条削除と「人権」条項に対する破壊●

 

【文末注】 国連「(旧)敵国条項」と「反撃能力」の同盟国間での共有の意味

  

国連憲章「敵国条項」と「反撃能力」

 国連憲章で「敵国条項」といわれているものは、以下である。

・第53条【地域的取極(とりきめ——引用者)・機関による強制行動】1 安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の(「参考 第52条」参照」――引用者)地域的取極又は地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。

 

2本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。

 

(参考)第52条【地域的取極と地方的紛争の解決】この憲章のいかなる規定も、国際の平和及び安全の維持に関する事項で地域的行動に適当なものを処理するための地域的取極又は地域的機関が存在することを妨げるものではない。但し、この取極又は機関及びその行動が国際連合の目的及び原則と一致することを条件とする。

1 前記の取極を締結し、又は前記の機関を組織する国際連合加盟国は、地方的紛争を安全保障理事会に付託する前に、この地域的取極又は地域的機関によってこの紛争を平和的に解決するようにあらゆる努力をしなければならない。

2 安全保障理事会は、関係国の発意に基くものであるか安全保障理事会からの付託によるものであるかを問わず、前記の地域的取極又は地域的機関による地方的紛争の平和的解決の発達を奨励しなければならない」。

 

・第77条【信託統治制度の種類】1 信託統治制度は、次の種類の地域で信託統治協定によってこの制度の下におかれるものに適用する。現に委任統治の下にある地域。第二次世界大戦の結果として敵国から分離される地域、施政について責任を負う国によって自発的にこの制度の下におかれる地域。2前期の種類のうちのいずれの地域がいかなる条件で信託統治制度の下におかれるかについては、今後の協定で定める」と規定されている。

 

・第107条【敵国に対してとった行動の効力】 この憲章のいかなる規定も、第二次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない。

以上の三条が、「(旧)敵国条項」といわれるものだ。

 

 「敵国」とは第2次世界戦争において、「連合国」の敵国であった「枢軸国」のことでありドイツ、日本などが、それだ。

 

★★★★その敵国が、第二次世界戦争によって確定した事項を、無効にし、または排除した場合、国際連合加盟国や地域安全保障機構は、安保理の承認がなくても、無効・排除した敵国に対して、軍事的制裁を科すことが容認され、その行為は制止できないと解釈されるものだ★★★★。

 

現在問題になっている「反撃能力」に照らし合わせて考えるなら、「敵国条項」の存在は、「敵国」が、連合国側の国家と対等に交戦し合う資格を認めていないそこから言えることだが、だから、「敵国」の「反撃能力」は、否定されると解するのが自然だ。そこでこの「敵国条項」が「死文化」しているか、どうかが問題となる。

 この間、ロシアが日本に対してとった以下の対応も、この問題を根拠にしたものだ。例えば朝日新聞デジタル2019222202分配信の記事によれば次のようである。

ロシアの「ラブロフ外相は21日、ドイツ・ミュンヘンで16日に行った河野太郎外相との外相会談で、国連憲章に「(第二次大戦での)戦勝国の行いは議論の対象とはならない」との記述があると主張し、北方領土のロシアの主権を認めるよう迫ったことを明らかにした。インタファクス通信などによると、モスクワでのビジネス関係者らとの会合で述べた。ラブロフ氏は従来、「旧敵国条項」といわれる国連憲章107条には「第2次大戦の結果は変更できないと記されている」と主張している。外相会談でもこの条項に言及しつつ、河野氏にロシア側の原則的な立場を伝えたとみられる」。

まさに、これだと、2019年現在も、この「敵国条項」は「死文化」していないということになる。だから、この問題の歴史的経緯と、国連憲章における条文項目「削除」の手続きについて、確認することが大切だ。

「敵国条項」は「死文化」したとはいえない

この場合「「国連憲章」109条【再審議のための全体会議】2 全体会議の三分の二の多数によって勧告されるこの憲章の変更は、安全保障理事会のすべての常任理事国を含む国際連合加盟国の三分の二によって各自の憲法上の手続きに従って批准されたときに効力を生じる」ということがポイントだ。「全体会議」(1995年国連総会)では、死文化は採決されているが、「三分の二の国の批准」という事実は2023年の今日においても、日本国家は確認できていない。従って「死文化」はしていないと見るのが妥当だ。こうした歴史的経緯に対して日米IAMD構想は「反撃能力」=交戦能力を日本に付与するという意味をもっている。

 

★★★