2024年2月13日火曜日

イスラエル・「ダレット計画」(パレスチナ人追放計画)と暴力的「資本蓄積」 ——【連載第五回】パレスチナ連帯! ガザ虐殺戦争をやめろ! 


イスラエル・「ダレット計画」(パレスチナ人追放計画)と暴力的「資本蓄積」=イスラエルによるパレスチナ人追放・民族浄化計画を許すな!

ーー【連載第五回】パレスチナ連帯! ガザ虐殺戦争をやめろ! 渋谷要

最終更新 2024・02・15 13:54

●ラファ攻撃は「パレスチナ民族浄化」の攻撃だーー絶対許すな!

イスラエル首相・ネタニヤフは、2月8日の閣議で、3月11日までに、ラファ(ラファハ)への攻撃を終わらせるように軍などに指示したと報道されている。ガザ地区最南端の都市・ラファにはガザ北部などからの避難民150万人がイスラエルの攻撃を逃れて、集結しているという。その人口密集地に、空爆や地上戦などの戦闘が開始されれば、大変な大惨事がもたれされることは必至だ。今まで「イスラエルの自衛権」を擁護してきた合衆国政府でさえ、止めるように言っているのが、現実だ。しかし、イスラエル国家権力は、ラファを攻撃し「ハマスをせん滅する」としている。だが、現実に虐殺されているのは、子供を大量に含んだ一般市民だ。このファシズム戦争を絶対にゆるすな。

 しかし、こうした軍事作戦は、イスラエルが中東で戦後一貫して画策し、また実行してきた、軍事作戦の思想に淵源している。それが、ダレット計画だ。それは「パレスチナ人に対する民族浄化」の軍事計画であり、パレスチナ人のシナイ半島への追放計画だ(この計画の最近のものとしてはイスラエル諜報省の機密文書がある)。

 実際、避難民はラファからどこへ、「人道回路」(なるもの)をもって逃げろとイスラエル国家権力はいうのか。もはや、ガザ内には、安全な場所はおろか、安全かどうかはわからないが150万人もの避難民が「逃げる場所」がガザの中のどこにあるというのだろうか。

 こうして、パレスチナ人をガザから追放しようとしているのだ。「第二のナチスはネタニヤフ国家体制だ」という以外ない。以上のガザ虐殺戦争の土台となっているダレット計画をみることにしよう。

●ダレット計画

 「プラン・ダレット(ダレット計画)」は、1948年の第一次中東戦争(1948年2月~1949年3月)において、ユダヤ・シオニスト指導部と軍が1948年2月から5月の時期(つまり48年5・14イスラエル名「独立宣言」の前の時期)において、シオニスト指導部が展開した軍事作戦とその作戦計画を言う。国連による「パレスチナの2国家への分割」という決定に対し、シオニスト指導部は、「ユダヤ国家」とは別に、パレスチナ自治国家の領土を侵略し強奪する計画をつくった、それが「ダレット計画」だ。

 これは、イスラエルの初代の首相となるベングリオンによって想起され、軍事組織ハガナによって設計されたもので、48年3月に完成した作戦計画である。この作戦は上記の時期(48年2月~5月)において13作戦展開されたといわれている。その内、8作戦はアラブ国家に割り当てられた地域にアラブ正規軍が入る前に実行されたものとされている。

 この計画の基調は、国連分割計画で提案されたユダヤ人国家に割り当てられた地域の境界内と、その境界外のユダヤ人入植地、ユダヤ人国家との国境線に沿ったアラブ自治地域の町や村の征服を企図していた。アラブ人が抵抗した場合、征服された村の住民は征服地の境界の外に追放する計画だった。抵抗しなければアラブ住民はとどまることができるというものであり、それは、イスラエルの「奴隷になれ」ということ以外ではない。そして支配地域を要塞化する・軍事的に統治するものだった。実際これらの計画は、すでに撤退していたイギリス軍の基地、警察署の占領をポイントにシオニストの支配を実現していったとされている。その場合、どのような作戦がとられたのか。

ウィキペディア「プラン・ダレット」の項目では次のようである。

ーーー――

「防衛システムと要塞の統合の下での計画セクション3(警察署の占拠や輸送動脈の保護など)」につづく「セクション4」では、今回のガザ虐殺戦争でイスラエル軍が実際に行っている行為が次のようにしるされている。

「わが国の防衛システムの内部または近くに位置する敵の人口密集地が、現役の軍隊によって基地として使用されるのを防ぐために、作戦を開始すること。これらの操作は、次のカテゴリーに分類できる」として、つぎのように作戦を書いている。

 「村落の破壊(瓦礫に火をつけたり、爆破したり、地雷を埋め込んだり)、特に人口密集地を破壊し、継続的に制御することが困難である。次のガイドラインに従って操作統制活動を開始する:村の包囲と内部での捜査の実施。抵抗した場合、軍隊は破壊されねばならず、住民は国家の国境の外に追放されなければならない」。そして、その地域の「要塞化」が明記されている。

 「抵抗がない場合、…部隊の指揮官は村内のすべての武器、無線機器、自動車を没収」する。また「政治的に疑わしい人物を全員拘束する」そしてこれらの地域の行政当局はユダヤ人が任命されるとしている。

 また「国境の内外での反撃」というところでは、――これは今回の「10・7アルアクサ洪水作戦」に対するイスラエルの作戦の考え方もそうだと考えるが――「平均して大隊規模の部隊が深く浸透し、人口密集地や敵基地に対して集中攻撃を開始し、そこに配置されている敵軍とともにそれらを破壊することを目的としている」としている。

ーーーーー 

 まさに、イスラエル国家権力によるパレスチナ人に対する民族浄化の設計図である。

こうした計画を念頭に置きながら、イスラエル国家権力は戦後、持久的な戦争計画を展開してきた。それが、まさに「中東戦争」の歴史であり、パレスチナ住民に対するアパルトヘイトとジェノサイド、シナイ半島への追放計画などのルーツとしての位置を持つものに他ならない。

●イスラエル諜報省の機密文書とはなにかーーガザ住民のシナイ半島への強制移住のシナリオ

2023年10月30日、イスラエルのニュースサイト「シチャ・メコミット」が「政策文書:ガザの民間人口の政治的方針の選択肢」(2023年10月13日の日付と、イスラエル諜報省のロゴが付けられたヘブライ語の文書)とタイトルを付された文書を報じた。これは、政府の機密文書の流出であるという。その文書は数百ページあるが、その「要旨」の部分ということだ。

※ここでは、yahooニュース2023年11月1日、川上泰徳氏の記事「ガザ全住民をシナイ半島に移送:流出したイスラエル秘密政策文書の全貌。ネタニヤフ首相の『出口戦略』か」の記事から、当文書からの引用を引用・援用することにする。

文書はまず、「ハマスの打倒」を前提とし、ガザの住民をどのようにするかをabcの三つの案として示している。Aは、西岸の自治政府を引き入れる。Bは、ガザにハマスに替わる新たなパレスチナ人の統治を生み出す。Cは、ガザの住民をシナイ半島に避難させる、というものだ。

 AとBは、パレスチナ人の勢力を力学的に利する可能性があり、イスラエルにとってリスクがある。Cが、「イスラエルにとって前向きで、長期的に戦略的な利点を与え、実行可能な選択肢である」とする。ただし、「国際的な圧力に対して政治レベルの強い決意が求められ、特に実施の過程で米国や他の親イスラエルの国々の協力が重要となる」とする。

ここまでが、前提だ。そこで、次のような作戦が考案される。(ここでは矢印で、作戦過程を記する)

ーーーーー

「ハマスとの戦闘のために住民を戦闘地域から避難させる」→「イスラエルはガザの民間人をエジプト北部のシナイ半島に避難させるように動く」→「第一段階では、シナイ半島にテントの町(複数形)がつくられ」→「次の段階はガザからの住民を支援する人道地域が創設され、市内北部に再定住のための都市が建設される」→「エジプトにつくられる再定住地とガザの間に数キロの無人地帯が設けられる必要があり、ガザ住民がイスラエル国境の近くに戻って、活動したり、居住したりできないようにする」→「加えて、エジプトに近いイスラエル国境地帯に防衛のための堡塁をつくる必要がある」。

こうした作戦計画のため、次のような作戦手順を明記している。

「1・住民にハマスとの戦闘地からの避難を求める

 2・第一段階ではガザ北部に攻撃を集中させ、住民が避難して、住民のまきぞえがない地域への地上戦を可能にする。

 3・第二段階では、地上戦によって北部と周辺の境界から徐々に軍事的に制圧して、最後にはガザ地域全域を制圧し、ハマスが構築した地下トンネルも制圧する。

 4・集中的な地上作戦の期間はA案、B案よりも短くなる。そのため、イスラエル軍が北の戦線とガザの戦闘にさらされる期間も短くなる。

 5・ガザの住民が南部のラファに避難することができるように、北部から南部に浮かう道路を使用可能にしておくことが重要である」。

これがシナイ半島への強制移住の前提となるシナリオであり、現在(2024年2月12日)、ガザーラファで起こっている事態そのものだ。だがしかし、ラファは書かれているような「避難」場所ではない。★★★そもそも「避難」などという言説はイスラエル国家権力による≪詐欺師的言い繕い≫であり、避難場所ではないことは、イスラエルが一番よく知っている。パレスチナ人をパレスチナから「追放」することが目的の虐殺なのだ★★★。ラファでは、現在100万人を超える避難民が存在しているが、すでに、イスラエルの空爆などによって、この数日間だけで、数十人規模の死者がでている。今後、犠牲者・被虐殺者は、もっと増加するといわれている。

 そして機密文書では、ガザ住民がラファの境界からシナイ半島へと向かうために、「エジプトは国際法上の義務を負う」などと主張している。また「避難民」を「移民」として「受け入れに協力」する「国際社会」として、合衆国、エジプト、サウジアラビアの名を挙げている。以上だ。

ーーーーーー

まさに、イスラエルのガザ地区強奪のための、ガザ虐殺戦争がおこなわれているのだ。「ハマスからの自衛権」とは、今や全くの口実であり、それは、イスラエルとパレスチナ解放運動との一つの戦闘局面(敵の攻勢局面)を切り取り、利用した、全面的な虐殺戦争が「ダレット計画」を土台として組み立てられた、それ、として、まさに発動したのである。そういう戦争国家として、イスラエルは、戦後一貫して存在してきたのだ。

●ガザ沖油田開発と暴力的「資本蓄積」――戦争と収奪反対、Free Palestine!

こうした、ガザ虐殺戦争において、資本主義的「価値」としてどのようなことが分析されるかが、次の課題となる。

 第一にガザ住民がいなくなった土地にイスラエルからの「入植」が表明されている。第二に、更地となったガザをイスラエルが統治することが表明されている(「パレスチナ国家」否定の言説として)。第三に、ガザ沖油田開発に、ネタニヤフは、ガザ攻撃の当初から積極的に動き出している。そして、この資本蓄積は、「資本の本源的蓄積」を内包するものだ。それは、近代資本主義発生のための一回限り(エンクロージャー囲い込みなど)のことではなく、資本主義の転換期(恐慌、戦争、植民地支配など)においては、何回も繰り返し、おこなわれるという、例証に他ならない出来事だ。まさにこの戦争が、イスラエルにとって、新たな強盗的資本蓄積の開始をしめすものとなっているのだ。

 その構図を見て行こう。(つづく)




2024年2月5日月曜日

【第4回】イスラエルの軍事外交路線における交易関係 ーー【連載】パレスチナ連帯! イスラエルはガザ虐殺戦争をやめろ! 渋谷要

 【連載】パレスチナ連帯! イスラエルはガザ虐殺戦争をやめろ!

【第4回】【イスラエル資本主義の軍事外交路線における交易関係】渋谷要

★最終更新 2024年2月5日。22:55 


【はじめにーー予告変更について】前回第三回のおわりに、第4回は「イスラエルのダレット計画(パレスチナ人追放計画)と暴力的な資本蓄積」について取り上げると予告をさせていただきました。が、その後、そうしたダレット計画などパレスチナ住民の追放計画をとりあげるまえに、そもそもイスラエルは、どのような経済政策、とりわけ他国家との交易政策を展開しているのか、そのことをとり上げる必要があるのではないか。そのことと連接して、イスラエルのパレスチナ追放計画をみる必要があるのではないか。ということで、今回【第4回】は、「イスラエル資本主義の軍事外交路線における交易関係」を見て行くことにします。

●UNRWAへの援助停止をした国々とイスラエル

  2024年1月、イスラエルは、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の職員(1万3000人)の内、「12人」が、2023年10月の「アルアクサ洪水作戦」に参加したとして、UNRWA全体に対する支援打ち切りなどの要求を、UNRWA支援の各国に要求した。これは、南アフリカの「イスラエルのパレスチナ攻撃はジェノサイドだ」というICJへの提訴と、これに対する、ICJのイスラエルに対する「仮処分」(内容は本論・前回【第三回】に明記)に対する、イスラエルの反撃と考えられるものだ。

 このイスラエルの提起を受け、UNRWAに対する「(一時)援助停止」を発表したのが合衆国、カナダ、オーストラリア、イギリス、ドイツ、オーストリア、スイス、オランダ、イタリア、フィンランド、フランス、日本の十二か国(2月05日現在)。このUNRWAへの最大の援助国は合衆国、ドイツは2位、日本は6位(2022年)だ。

●イスラエル諜報機関の「情報」と「作文」

 政治分析の一般的な方法からいうならば、多数の人員を要するUNRWAのような機関には、当然、イスラエルのスパイもいれば、反米諸勢力の関係者もいるはずだ。こうしたなかで、イスラエル諜報機関が展開していることは明らかだろう。

 イスラエルの諜報機関で、ガザにおける情報取集活動は「シンベト」が担っているが、ハマスなどの2023年10月の「アルアクサ洪水作戦」を摘発できなかった。そのことについて、今回の軍事作戦が終了時、シンベトに対する調査をイスラエル政府は、準備している。これに対し、「シンベト」は、10月の「洪水作戦」後、この作戦の首謀者と参加者をせん滅する「ニリ」という組織をつくった。これは情報収集を基本とする捜査チームだといわれている。そうした組織が、こうした「情報」と「作文」(「12人の参加者」とか、1月29日のロイターが発信した記事などでは、「イスラエル情報当局」の発表としてUNRWAには「190人のハマス、イスラミック・ジハードのメンバーがいる」などの「情報」を流している(「ガザ国連職員190人 ハマスなどと関連の疑い=イスラエル当局」1月30日午前7:47報道)。本当かどうかは、追跡できないものだ)をつくっているのだ。

 だが、こうしたイスラエルの宣伝戦に、対応している、あるいは、それを根拠とし、利用しているのが、「援助停止」を表明した諸国だということだ。こうしたイスラエルの戦法は、イスラエルが展開してきた国際的な交易関係での、イスラエルとその他の諸国との★★政治の打ち合い★★として、常態化しているものでもある。

●多彩な交易関係

 イスラエルは、OECD加盟国だ。OECDは先進国間の意見交換・情報交換をつうじて、主要には「経済成長、貿易自由化、途上国支援」の三つの課題のために連携する国際機関だ。このメンバーであるということは、国際社会において先進資本主義国であることを認定されている国家ということになる。

イスラエルのGDPについてみてみよう。212か国中、ランキングは、2017年(32位)、2018(34)、2019年(32)、2020年(29)、2021(29)となっている。貿易では、2022年(イスラエル通関統計)で、輸出相手国が第一位合衆国、第二位中国、第三位インド、第四位イギリス、第五位アイルランドなどとなっている。輸入相手国では第一位中国、 第二位合衆国、第三位ドイツ、第四位スイス、第五位トルコとなっている。

もちろん、合衆国をはじめとする欧米各国とは、イスラエルは軍事援助・協力の関係にあるのが多数を占めている。これはいわずと知れたことだろう。イスラエルは合衆国をはじめ欧米諸国との間で自由貿易協定(FTA)を締結し、イスラエルにとって最大の貿易関係を形成してきた。★★だが、本論で問題としたいのは★★、イスラエルの交易関係は、親米一辺倒にとどまるものではないという点である。かかる一般的な経済交易関係をもテコとしつつ、中国やロシアなど欧米と対立・競争する、あるいは、インドなど欧米に対して友好的だが、距離もとっている「中立」的立場の国とも関係を構築してきているという点である。ここでは、軍事的交易について見て行こう。

JETRO (アジア経済研究所)の「中東レビュー」VOL5(2017-2018、2018年3月発行)というところに掲載された清水学氏(有限会社ユーラシア・コンサルタント代表取締役)という方の論考(「イスラエル経済:グローバル化と『起業国家』」、第二部産業政策とイノベーション)では次のようなデータ分析がある。

インドとの関係では次のようである。

「インドは世界最大の武器輸入国の一つであるが、2015年の全世界の武器輸入総額のトップの座となっている。……過去20年間インドはイスラエル製兵器の主要輸入国となって」いる。「インドが輸入しているイスラエル製兵器は、ミサイル、UVAと兵器システムである。また2016年11月に訪印したイスラエルのリブリン大統領とモディ首相の間で両国が兵器の共同生産に進むことで合意されており、単なる貿易関係に限定されていない。さらに2004年にイスラエル・ロシア・インド三国間取引が合意されており、それによるとイスラエルはインド空軍に11億ドルのEL/Wー2090レーダーを供与するとともに、ロシアはイリュージョンⅡー76プラットフォームにセットすることをかのうにするものとされる」等々だ。例えばこうした、軍事交易関係が展開されているのである。

ロシアとの関係では次のようである。

2009年以降、イスラエルとロシアとの軍事交易が活性化してゆく。「ロシアが特に注目したのは、イスラエル製無人機(ドローン)である」。2009年にはじまったドローンの購入は、2010年には4億ドルのドローンを購入した。また「2012年にはロシアでイスラエルウ・ドローンのアセンブリー生産が始まっている。これはロシア軍の仕様に供するものである。……2010年9月6日、ロシア・イスラエルは5年間の軍事協定を結んでいるのも注目される。ロシアとイスラエルは対シリアでは異なった政策を追求しているが、兵器を巡る貿易・協力関係は急速に進展していると見られる。」

このデータ分析が、発表されたのは、2018年前後だが、ウクライナ戦争でイスラエルはロシアと急速に関係が良好なものではなくなったといわれている。だが、こういうやり取りが展開されていたのは、間違いないことだ。

中国との関係では次のようである。イスラエルと中国との軍事協力は、すでに、冷戦期の1980年代に開始されていた。

「中国は米国・ソ連(ロシア)から入手できない兵器と技術をイスラエルに求めていた。今までイスラエルは約40億ドルの武器を中国に売却していたという推計もある。イスラエルは1990年代にミサイル、レーザー、航空機技術を中国に移転しているとみられる。米国はイスラエルによる中国へのファルコン早期警戒システムの売却を停止させている。1999年以降中国軍高官のイスラエルへの公式訪問が行われて」いる。「イスラエルは台湾との協力関係も中国に配慮しつつ制限している。パレスチナ問題などに対する政策は異なるが、兵器とハイテク貿易、軍部の相互交流などは着実に進展しているとみられる」。

このように、イスラエルは、アラブ反米勢力でなければ、こう言ってよければ全部と交易し可能な交易関係をむすぶことで、いろいろな対立を内包した諸国と重層的な関係を構築し、また、場合によっては、そういう対立をも利用しながら、イスラエル独自の国益を形成するという政策をとっていることがわかるだろう。その場合、交易関係をむすぶA国とB国が、対立をしていても、イスラエルとしては、関係ないものとして対応するということだ。

★★★イスラエルのUNRWAに対する「非難」(上述したように、それがどのようなものか検証は今もって不可能だが)に対して、上記の欧米諸国が、「一時援助停止」を、ほとんど即座に声明したことでも、わかるように、それは、欧米にとって、イスラエルを自分たちの仲間だと確信させることが必要だったのだ。

●UNRWAに対するイスラエルの攻撃はダレット計画(パレスチナ人追放計画)の一部だ

イスラエルのUNRWAに対する攻撃は、パレスチナ住民がパレスチナに生存するための救援物資を、停止させる・なくすための政策である。そして、パレスチナ住民を、シナイ半島へと追放する端的な第一歩をつくるものだ。まさに「ダレット計画」とイスラエル諜報省の「追放計画」の初期の方針といっていい。そしてイスラエルの右派は、ガザ地区に対するイスラエルの「入植」を表明しはじめている。断じてゆるすな!

次回【第5回】は、「パレスチナ人追放のダレット計画と暴力的資本蓄積」。







2024年1月31日水曜日

パレスチナ連帯! イスラエルはガザ虐殺戦争をやめろ! 【第三回】コールバーグ「正義」論・「発達段階」パラダイムを批判する 渋谷要

 パレスチナ連帯! イスラエルはガザ虐殺戦争をやめろ!——シオニスト入植植民地主義者・イスラエル国家権力を打倒せよ! 【第三回】渋谷要

(最終更新 2024・1・31 14:15)

【第三回】コールバーグ「正義」論・「発達段階」パラダイムを批判する

【はじめに】第三回は、戦後シオニストのパレスチナへの乗船・上陸活動に船の技師として参加し、そこから「道徳・正義」といったものを考えていった(詳しくは後述)ローレンス・コールバーグの「正義」論(発達段階論)をめぐる論の展開となる。以下の文章からわかるように、コールバーグ(1927~87。ハーバード大学教授)の発達段階論は、社会契約(改変・変革可能な法的正義)より、上に、「正義」があるというものであり、国際法無視・自己が価値とするものの絶対性を他者に強要する侵略者・イスラエルのパラダイムを象徴するものにほかならない。★★本論では、はじめにイスラエルの国際法無視の実態の一端を概観し、後半で、コールバーグの言説を見ていこう★★。

●ガザ虐殺戦争とイスラエルの攻撃性

今回のガザ戦争で ガザ保健省は、1月21日、パレスチナ人の死亡者が2万5千人を突破したと伝えている。また国際NGOの「セーブ・ザ・チルドレン」は、1月12日の時点で一万人以上の子供が犠牲になっていると伝えた。こうした、イスラエルのガザ虐殺戦争は、例えば1月29日放送のNHK・クローズアップ現代の「ガザと”ホロコースト生存者(サバイバー)” 殺戮はなぜ止まないのか」では、次のように報じている。

 これは私(渋谷)の「番組感想文」ということだが、イスラエルは「ハマスの攻撃は第二のホロコースト(ナチスが行ったユダヤ人に対する絶滅政策・大量虐殺のこと)だ」とし、「二度とホロコーストをおこさせないためには、攻撃すべきだ」と、攻撃を正当化する論理をイスラエルはつくっている。それはポグロム(19世紀、ロシアでユダヤ人に対して行われた暴力による排除行為が元になった言葉だ)であり、絶対に許すなと、教育でもそれを教えている。それがガザ虐殺戦争のもとになっている考え方に他ならない。このイスラエルの攻撃性は、ホロコーストの「歴史的トラウマ」がもとになっていると、この番組にでた解説者が言っていた。つまり、自分たちは「被害者」であり、「自衛」の攻撃は善であるということだ。

 これに対して、パレスチナの学生は、ナチスがやったユダヤ人に対するホロコーストは許してはならないが、「パレスチナをナチスに当てはめることは言語道断だ」。彼らは、「1948年から、われわれに、戦争を仕掛けている」ということだ。まさにその通りだと本論論者も考える。ここまでが「番組感想文」だ。

 ここではこのイスラエルの「攻撃=正義」の独自の論理回路を、もう少し、追ってゆこうと考える。

 ●国際法の無視抹殺とイスラエル的「正義」

 前回・第二回の最後に表示した「イスラエル的主体形成」。それは、国際法という社会契約とは関係なく、自分たちの「正義」だとする目的を達するために自分たちの必要とすることすべてを、例えば「国際社会」の賛否善悪の判断とは関係なく振る舞うということを特徴としている。

 例えば「入植地」問題ではICJ(国際司法裁判所)は2004年に国際法違反認定をしており、2016年国連安保理決議で「入植地の建設を停止せよ」との決議を議決――オバマ政権は拒否権を発動していない。また例えば「分離壁」の建設では2002年から、イスラエルが「西岸」で建設し始めたことに対し、ICJ(国際司法裁判所)は、2004年、違法判定を決定している。ここでは「勧告」として、分離壁の建設で、パレスチナ住民の通行権が侵害され、家屋破壊などが起きているとして、没収された財産・土地の返還と損失補償の義務が明記されている。
  さらにこの間、南アフリカがガザ虐殺戦争を、「ジェノサイド」(民族消滅のための虐殺)だとして提訴した。これに対しICJは、ジェノサイドかどうかの判断はしなかったが、ジェノサイドを防ぐ「あらゆる手段」をとるように命じた仮処分をイスラエルに対して出した。そして、一か月以内に、この仮処分をうけてとった措置をICJに報告するように命令した(2024年1月)。

 これらの法(社会契約)におけるイスラエルに対する決定に対して、イスラエル国家権力は一貫して、「自衛権」の行使だと、これらのイスラエルの行為を全面的に正当化しているのだ。

 このように、イスラエルは、ジュネーブ第4条約(戦時・占領下の文民保護を規定したもの)などの国際人道法規(社会契約)を無視抹殺し、「自衛権」のもとに、こういってよければ宗派主義的な対外政策をとり、それを「正義」としてきた。

それは、どのようなパラダイムをもっているのか。その理論形式が解明されるべきだ。

まさに、その理論形式を象徴するものが、戦後ユダヤ人難民のパレスチナへの乗船・上陸活動に船の「技師」として参加した(詳しくは後述)、心理学者のローレンス・コールバーグ(1927~1987年。シカゴ大学出身。ハーバード大学教授)の「発達段階論」にほかならない。

 そこでコールバーグは、「法(社会契約)的正義――これは改変し変更できるものとされている」という「段階」の上に立つ「正義」の「段階」がある、と述べている。

●コールバーグと第一次中東戦争(イスラエル名「独立戦争」) 

まずコールバーグが、どういう人生の経験のなかで、過ごしてきたか、コールバーグ自身が自分の立ち位置をのべているものを確認することから始めよう。コールバーグには『道徳性の発達と道徳教育』(ローレンス・コールバーグ著、岩佐道信 訳。以下『道徳性』と略す)という麗澤大学出版会から出版された1987年第一刷の出版物がある。、

 その初めの章は「普遍的道徳を求めてーー私の個人的体験」というタイトルのものだ。1985年来日したときに行った講演だ。

「私は、高校でユダヤ系アメリカ人として軽い人種的偏見すなわちユダヤ人排斥を経験しました。…1945年の秋、私は合衆国商船隊員としてヨーロッパに到着しました。私が衝撃を受けたのは、戦争による建物と生活の破壊ばかりでなく、ナチによるユダヤ人やジプシーや他の非アーリヤ人の大虐殺を生き延びた人たちの苦境でした。……ともあれ、私はアメリカの商船隊員としての任期を早々に終えました。そしてユダヤ人難民を満載した船を、非合法ながらイギリスの封鎖をくぐり抜け、当時イギリスの統治下にあったパレスチナに上陸させるため無報酬の技師として志願しました。

 大虐殺を生き延びたものの、帰るべき故国もなく、追放難民キャンプに移されたユダヤ人たちにとってきわめて不当と感じられたイギリスの法律を破ることについては、私はなんら道徳的葛藤を覚えませんでした。……私たちの船もイギリス軍艦に拿捕されました。……私と仲間の船員と難民は、キプロスにあるイギリスの強制収容所に連れて行かれました。……ハガナ(ユダヤ人の自警軍事組織で、イスラエル国防軍の基礎になったーー引用者・渋谷)は、私たちがキプロスからパレスチナへ逃亡するのを助けてくれ、私の身分証明者を用意してくれました。……戦争が終わると、私は学部の学生としてシカゴ大学に入りました。それまでは、大学に入りたいとは思っていませんでした。しかし、私は道徳の問題、つまり正義の問題に取り組んでいる自分に気づいたのです」(7頁~8頁)。

この場合、ハガナに救助されたコールバーグは、拿捕された船とは違う船をアメリカからパレスチナへと運ぶことになっていたが、共同社会のキブツにとどまっていた。「その船は、1948年のアラブ諸国に対するイスラエルの独立戦争で、イスラエル海軍の軍艦となりました」(8頁)という叙述があるが、このことが、コールバーグのシオニストとしての、そして、対アラブ排外主義者としての思想性を鮮明に表している。そして、この価値観を土台として「道徳」と「正義」を考えようということに他ならないのである。

※ 1969年、コールバーグはイスラエルを訪問した。それを機に自身の理論に「ジャスト・コミュニティ」という新しい概念を付け加えている、という。

※※【アレントとコールバーグの違い】

 ここでもう一つ、※として書いておきたいことがある。【それは一つには】、ハンナ・アレントのことだ。アレントは、第二次世界戦争当時、ドイツからのがれ、亡命していたが(最終的には合衆国に向かった)、連合国軍の一翼を担う「ユダヤ軍」の結成を主張している。これは、シオニズム(パレスチナ復帰運動)の範囲をこえた、ディアスポラ(離散者)になったすべてのユダヤ人の団結を実現するためであり、また、そこでは今住んでいる国を捨てパレスチナへ、とは言っていない。そこにはユダヤ民族を「能動的に」再生させる意図があった。だが他方で、シオニズム運動を支援する活動はしている。また、戦後は、国連を舞台とするイスラエル建国問題の中で、「分割」ではなく、「国連によるパレスチナ信託統治」など、ユダヤ人とアラブ人の共存を模索する政策提言などを表したが、1948年第一次中東戦争(イスラエル名「独立戦争」)が勃発した後は、政治的発言の舞台から撤収した。こうしたことが、何を意味するかは多説あるだろう。それがアレントが『全体主義の起源』などを表す序曲となったことだ。私はその全体主義批判を支持し、「階級解体と全体主義」というアレント論を書いた(拙著『資本主義批判の政治経済学』、社会評論社、2019年、所収)。

 そして、コールバーグも、実践の中で、自分の思想的立ち位置を形成していった。その内容はわたしにとっては、後述するように拒否するものだったが、それはしようがない話だ。

 ここで触れておきたい【もう一つのこと】は、アレント、コールバーグとも、彼らの学術理論領域では、ほとんど、彼らに対する実践の経緯の論述が消滅していることだ。これは、実践・イデオロギーで、彼らの学術研究を判断する余地を残すことを、しないことが、彼らの学術研究を正当に評価することになるとの判断からだと思う。その判断には、わたしは異議を唱えるものではない。が、こうした方法があると私が考えていることについては、わたしの考えでしかないが、一言、言っておきたいと思う。

●「発達段階」論と第六(最高)段階=「正義」とは何か

 コールバーグ『道徳性』で、もっとも特徴的な個所をまず読んでみよう。「道徳教育の基礎としての道徳性の発達段階」という『道徳性』所収論文(この論文は、『道徳教育ーー学際的アプローチ』ペック、クリテンドン、サリバン編、トロント大学出版局、1971年。の第一章として書かれているとの解説がある)の中の一節だ。

「道徳原理とは、全ての人があらゆる場合に採用することが期待される選択の普遍的な様式であり、選択の規則です。『原理』という言葉は、通常の規則よりも抽象的なものを意味しています。」しかし「ある種の行為の禁止や命令が普遍的に適用さえないことは理解できます。人間の生きる権利は、他人の財産権に優先しますから、人の命を救うために嘘をついたり盗みをすることは構わないことを私たちは知っています。人を殺すことは、時にそれが公平なことであるがゆえに正しい場合もあることを私たちは知っています。

 ヒットラーを殺そうと計画したドイツ人の人々は正しかったのです(ここでは、端的に1944年の「7月20日事件」を指すものだろうーー引用者・渋谷)。なぜなら、人間が等しく持っている生命の価値を尊重するには、人の命を救うために殺人者を殺さなければならないからです。各種の行為関する規則には、常に例外があります」(106頁)。

 まさにこれが、コールバーグの典型的な論点なのである。この考えは、「ハマスは現代のナチスだ」とする、イスラエル国家権力とそれを支持するイスラエル市民(部分)に共通するパラダイム(社会運営の考え方の基礎になっているもの)そのものであり、だから「ハマスせん滅まで戦争はつづけられる」という「絶対戦争(敵の完全せん滅)」の論理が常識化されているのである。

 この文章に「付随」したものとして(『道徳性』186頁に解説がある)、「発達段階」をまとめた文章が、『道徳性』では「付録」として提示されている。それが、もっともわかりやすいと考えるので、その文章で、コールバーグの論理を追っていこう。

「付録1 道徳性の段階の定義」だ。「Ⅰ習慣以前のレベル」では、「第一段階」と「第二段階」がある。「第一段階」は「罪と服従志向」であり、「行為の結果が、人間にとってどのような意味や価値をもとうとも、その行為がもたらす物理的結果によって、行為の善悪が決まる」。この「物理的結果」ということのポイントは「罰の回避と力への絶対的服従」であり「ただそれだけで価値あることと考えられる」というのが、第一段階だ。

「第二段階」は、「道具主義的相対主義者志向」だ。これは、「人間関係は、市場の取引関係に似たものと考えられる」。とされ、公正、相互性、分配などの要素は、「物理的な有用性」の面から考えられる。つまり同等のとりひきが問題であり、「忠誠や感謝や正義の問題ではない」となる。

 「Ⅱ慣習的レベル」。「このレベルでは、個人の属する家族、集団、あるいは国の期待に添うことが、それだけで価値があると認識され、それがどのような明白な直接的結果をもたらすかわ問われない」。秩序維持派にありがちな「志向」、現在ある社会の秩序に対する忠誠、集団との一体感などが、価値となるということだ。これに二つの段階がある。

 「第三段階――対人関係の調和あるいは『良い子』志向」。たとえば「多数意見や『自然な』行動についての紋切り型のイメージに従う」。行動はその動機によって判断されるため、「善意でやっているということが「初めて重要になる」。それは「『良い子』であることによって承認をかちとる」ことが目標になっているものだ。

「第四段階——『法と秩序』志向」であり、「正しい行動とは、自分の義務を果たし、権威を尊重し、既存の社会秩序を、秩序そのもののために維持することにある」。


●「第六段階」の「正義」は、「第五段階」の「意見の相対性」の一部・・・「合意」前の「個人的価値」に過ぎないものだーー「正義」は社会契約(とその変革)にある 

「Ⅲ慣習以後の自律的、原理的レベル」。このレベルでは、これまでの段階の「道徳的価値や道徳原理」を、それを「唱えている人間の権威から区別し」「個人が抱く集団との一体感からも区別して、なお妥当性をもち、適用されるようなものとして規定しようとする明確が努力が見られる」段階である。

 これは我田引水であるが、廣松渉的に言えば、「通用的正義から妥当的正義へ」ということだろう。形式論理的には別に異論はない。では、第五、第六段階を見ていこう。ここからが、ポイントだ。

「第五段階――社会契約的遵法主義志向」。「個人的価値や意見の相対性が明確に認識され、それに呼応して、合意に至るための手続き上の規則が重視される。正しさは、憲法に基づいて民主的に合意されたもの以外は、個人的な『価値』や『意見』の問題とされる」。

「その結果、『法の観点』が重視されるが、(第四段階の『法と秩序』によって、法を固定的に考えるのでなく)社会的効用を合理的に勘案することによって、法を変更する可能性が重視される」。そして法の範囲外では、「合意と契約」が義務の要素となるという。これは「アメリカ合衆国政府と憲法のよって立つ『公的』道徳である」と規定されている。

 この第五段階は、社会契約とその改変・変革にによる社会の改良という、普遍的な社会運営のルールを論理化したものである。そして、私見を言うなら、この社会契約のルールが国家権力により破壊されたとき、革命が正当なものとなる、というのが、私の見解である。

 さて、「第六段階」だ。「普遍的な倫理的原理志向」とコールバーグがよんでいるものだ。

 「正しさは、論理的包括性、普遍性、一貫性に訴えて自ら選択した倫理的原則に一致する良心の決定によって規定される」。これらの原理は「人間の権利の相互性と平等性、一人ひとりの人間の尊厳性の尊重など、正義の普遍的諸原理である」としている(『道徳性』171~173頁)。まさにここに「正義」の段階が措定されている、というわけである。

 まさしく、この第6段階は、上述したように、コールバーグが、イスラエル建国運動で、ユダヤ系の人々を、イギリスの法をくぐり抜けて、パレスチナに運んだという、彼にとっての「法」と「正義」の葛藤を、想起させるものだ。ユダヤ人が自分たちの「国」をつくることは「人間の尊厳」を実現することだ。それが、国連のブルジョア国際法的なイスラエルとパレスチナの「分割」政策(「二国家共存」)を、最初から超えて、パレスチナ全面侵略を当然の自分たちの権利として考える志向に展開していったのである。それが「正義」の実現だと。

 つまり、この第六段階が、一番高い「発達段階」とした場合、ある集団が、敵対するある集団に、攻撃をかけるのは「普遍的一貫性」であり、ある集団における「人間の尊厳性」を守るための行為となるだろう。「戦争」になる以外ない。それを、抑止するのが、国内の社会契約の、また、国際法のルールに従って、自分たちの要求を実現してゆくのが、「第五段階」の社会契約的遵法主義である。つまりこれをこそ、第六段階とする必要があるのだ。

 ★★★コールバーグが言う「第六段階」=「自ら選択した」「普遍的倫理」なるものは、「第五段階」の「個人的価値や意見の相対性」——国際社会的には一国家・国家間の相対性――の範囲における、一つ一つの価値、意見、立場に過ぎないものだ★★★。

それを、最高の段階としたのでは、「合意」などは横に置かれ、ただ自分たちの主張や利害を絶対的真理として、他者を服従させようとする態度が、常態化することになる。まさに、それが、イスラエルが、領土拡張戦争、アパルトヘイト、入植侵略、ガザ絶滅戦争のジェノサイドとしてパレスチナ侵略戦争でやってきたことではないか!

 イスラエル国家権力のガザ虐殺戦争のイスラエル的必然性が、かかるシオニストの論理と重なり合って形成されてきたことがわかるだろう。

 ★★コールバーグの話はここまでだ★★。

 ●【次回】の課題はイスラエルによるパレスチナ侵略戦争の青写真を分析する

 ガザ虐殺戦争弾劾! イスラエル国家権力を打倒せよ! パレスチナ解放! パレスチナに自由を! 次回は、このイスラエルの侵略戦争がもともと計画してきた青写真としての、パレスチナ住民のシナイ半島への追放計画、パレスチナ全土侵略支配計画としてのダレット計画、それを継承する、最近、流出したイスラエル諜報省の「シナイ半島への追放計画」(とりあえず【第一回】にも課題を設定している)を見ていこう。そして、そこから、イスラエル国家権力の暴力的資本蓄積戦略を分析してゆきたいと考える。

 ※ もちろん、このガザ虐殺戦争を糾弾することで、「反ユダヤ主義」までを良しとしてしまうのは、間違っている。むしろ革命的反戦闘争を闘う側は、イスラエル国家権力が、アラブ―パレスチナ人民に対し、反ユダヤ主義―民族排外主義と同じことを、第一次中東戦争以降、アラブ人民に対して展開してきたことを省察するべきだと、主張するのでなければならない。そして、「国際社会」は、そのイスラエルの犯罪行為を断罪すべきなのだ。

【次回予告】「ダレット計画」と資本蓄積戦略、など。


2024年1月25日木曜日

パレスチナ連帯! イスラエルはガザ虐殺戦争をやめろ! 【第二回】渋谷要

パレスチナ連帯! イスラエルはガザ虐殺戦争をやめろ!——シオニスト入植植民地主義者・イスラエル国家権力を打倒せよ!【第二回】渋谷要

(最終更新 2024・01・29   13:52)  

【第二回】戦争国家イスラエルと「国際社会」

●パレスチナの完全支配を目指すイスラエル国家権力

 今は2024年1月下旬だ。ガザ虐殺戦争の中で、世界に広がる反戦デモが、合衆国政府の政策である「イスラエル自衛権擁護」に対する抗議・批判となってゆくことを恐れた合衆国バイデン大統領の「2国家共存」(オセロ合意で社会契約になっている)にもとづく、イスラエルへの働きかけ(端的には戦闘規模の縮小要請)と、「パレスチナの独立はあり得ない」と「二国共存」を否定し、ガザのパレスチナ人自治の否定を表明するネタニヤフ・イスラエル国家権力との齟齬が、報道されはじめている。そこから、何を読み解くべきか? そのイスラエル国家権力の価値観を批判的に分析した考察が求められていると考える。

  
●「分割」から「追放」へ
 
 イスラエルは、1947年国連によるパレスチナのユダヤ人とアラブ人の分割決議を出発点としつつ、分割(イスラエルの存在が「国際社会」に認められた、そこ)から、今度はパレスチナ人追放という計画として、1947年から、独自のパレスチナ人追放計画を立て(ダレット計画――最近、暴露されたイスラエル諜報省による「シナイ半島への追放計画」は、これを継承するものだ)、1948年イスラエル建国と第一次中東戦争(イスラエル名「独立戦争」)から、対パレスチナ・戦争政策を展開してきた。第一次中東戦争では、パレスチナに居住するアラブ系住民のうち70万人以上が、ガザ、ヨルダン川西岸ーヨルダン、レバノンなどに逃れた。これは「破局(ナクバ)」と言われている。今回のガザ虐殺戦争は、ナクバの再来というべきだ。
 とりわけ、1967年第三次中東戦争では、イスラエルは、ガザ(エジプトから)やヨルダン川西岸(ヨルダンから。イスラエル名「ユダヤ・サマリア」)など、多くの占領地を獲得している。パレスチナ人の自治区、自治政府は、その中にある自治区・自治政府だ。国際連合(「国際社会」)は、イスラエルの領有権を認めていない(国連安保理決議第242号)。また入植地についても「国際社会」は認めていない(戦時・占領地における文民保護を規定したジュネーブ第四条約に対する違反)。
 西岸地区は、ザックリとパレスチナ自治政府の区域と思われている印象があるが、パレスチナ政府が行政権・警察権を持つ地域、パレスチナ政府が行政権・イスラエル軍が警察権を持つ地域、イスラエル軍が行政権・軍事権を持つ地域と三つに分かれ、その内イスラエルの行政支配の領域は60%以上に及ぶ。
●そもそも「2国家共存」は、イスラエルのためにする国家共同幻想だ

1993年オセロ合意によって確認された「2国家共存」以降も、イスラエルの入植侵略はつづき、93年には入植者11万人だったものが、現在は、250以上の入植地に70万人以上が居住している。ヨルダン川西岸は国際連合の規定では「占領地」(国連安保理決議242号にもとづく)だが、イスラエルの「法解釈」では、ヨルダン川西岸は「係争地」とされている。だから、入植は違法ではなく、奪っていいということを、イスラエル「としては」主張するものとなっている。★★結局、「2国家共存」はイスラエルの入植に、歯止めをかけることはできず、イスラエルという存在をパレスチナに認めさせるものだった。それは「2国家共存」というある種の「国家共同幻想」の下で、イスラエルの活動を支えるものとして機能した★★。そして合衆国政府はトランプが大統領の時、入植は合法だ、国際法(ジュネーブ第四条約…戦時・占領地における文民保護を規定したもの)違反ではないと表明した(2019年)。 

★では、どうして、このようなイスラエルの無法がゆるされてきたのか★。イスラエルは冷戦期、中東における欧米の反共突撃隊であり、冷戦後は、反米イスラム勢力に対する西側世界の軍事防衛国家として存在してきたからだ。だから、今でも、合衆国は国連でイスラエルに不利な安保理決議に「拒否権」をこうししているのだ。これは、少なくともこれまでは、合衆国にとって何かの戦術ではなく、「戦略的な選択」としてのことなのである。

●イスラエル的主体形成論とでもいうべきものとは何か?
 そこでは、どのような、国家主義的な主体形成がなされているのか、こういってよければ、単なる「ブルジョア帝国主義」ではない、ものがそこにある。

 ★★★イスラエル国家権力は、以上みてきたように国際法という社会契約とは、関係なくふるまってきた、これがポイントだ★★★。

 そもそもネタニヤフのグループ(リクード)は、2005年におけるシャロン政権(当時)のガザ入植地などからのイスラエルの撤退決定――これ以降、イスラエルは、ガザを包囲し封鎖する「壁」を建設し(「西岸」では2002年から。2004年、ICJ国際司法裁判所は、国際法違反と認定している)ガザを封鎖・管理支配しはじめるのだが、ガザからの撤退は、それ自体「西岸」の入植地を拡大してゆく政策だったが――、ガザからの撤退そのものを批判した勢力だが、その根底にはどのような「価値」が保有されているのか。それは「シオニズム」という一般的な指標ともちがい、むしろ、そのシオニズム(ユダヤ民族のパレスチナへの祖国復帰運動・建国運動として表明されているもの)を確固としたものにしている主体形成論なのである。それはまた、イスラエルの国民皆兵制度をつくってきた正当性の根拠とも連接するものだ。そのイスラエル的主体形成論とでもよぶべきものを照射するのが、『赤いエコロジスト』「イスラエルはガザ虐殺戦争をやめろ!」の次回の課題となる。(つづく)

2024年1月19日金曜日

パレスチナ連帯! イスラエルはガザ虐殺戦争をやめろ!【連載第一回】 渋谷要

 

【連載第一回】 パレスチナ連帯! イスラエルはガザ虐殺戦争をやめろ!

 ーーーシオニスト入植植民地主義者・イスラエル戦争国家権力を打倒せよ!

(最終更新 2024・02・10 16:11)

【第一回 はじめに】

                               渋谷要

 第一回【はじめに】資本主義国の戦争政策は、資本蓄積戦略の青写真が土台となっている

 はじめに、本論論者の「イスラエルによるガザ虐殺戦争」と「ロシアのウクライナ侵略戦争」をめぐる諸問題に対する、基本的なスタンスを表明することからはじめたい。

 

 ●ダブルスタンダード

 今は2024年1月19日だ。アメリカ合衆国権力はこの間、中東反米勢力に対する軍事行動を活性化させている。端的には、イスラエルに関係するとみられる紅海の船舶などに対する、イエメン「アンサール・アッラー」(蔑称「フーシ派」。2015年イエメンの政権を奪権。同国の北部中部を実効支配している。イランが大後方となっている)による武装攻撃・ハマスに連帯する軍事行動に対し、アメリカ中央軍による「フーシ派」の軍事拠点などに対する軍事報復を激化させているということだ。同時に、国連ではガザ虐殺戦争におけるイスラエル自衛権擁護の立場(例えば「停戦」をもとめる国連安保理決議に対する「拒否権」の発動)を鮮明にしている。これはどういうことかというと、合衆国は中東情勢でのいわゆる「安全保障政策」を優先し、ウクライナ支援を少なくとも、第一級の安全保障の課題としなくなるということを表示するものだ。そして、イスラエルを擁護しつつ、反米勢力と闘うという態勢をとりつつある。この態勢は、合衆国の権力者たちにとって従来からの基本パターンだ。

 こうした合衆国の動きは、ウクライナ戦争での(「国際秩序」—平和を重視し、武力での国家主権と国境などの現状変更を批判し、これと闘う)、パレスチナガザ虐殺戦争の(「国際秩序」を破壊し、武力での現状変更をおしすすめる国家を擁護する)という意味で「ダブルスタンダード」といわれてきたが、それはその通りで、「ダブルスタンダード」との批判は、それ自体、そうだと考える以外ない。

 だがしかし、本論論者の立場は、「ではなぜ、そうなるのか」という根拠を求める必要があるという立場だ。

★★ポイントは、資本主義国の戦争政策は、その資本主義にとってどのような「資本蓄積」戦略が、妥当か、ということで、政策決定されるということだ。★★

 ●資本主義の戦争政策は「資本蓄積戦略」で決まる

 例えばウクライナ戦争では、いわゆる欧米など「国際社会」は今まで、こういってよければだが「反ファシズム統一戦線」できた。それは、欧米日ー対ー中ロという、帝国主義間争闘戦における、政策決定としてだ。そこでは、「民主主義―対ー専制主義(全体主義)の闘い」という表現が、合衆国大統領の発言として表明されるなど、ファシズムの打倒で、欧米日の資本家階級と労働者階級の(こう言ってよければ、だが)「反ファシズム統一戦線」が構築できてきた。そこでは「資本蓄積」戦略との関係では、端的に言って現状の欧米世界が主導している世界資本主義経済秩序を守ることであり、そのための国家システムである「ブルジョア民主主義法秩序」を防衛することである。これは例えば、ロシアに対する経済制裁で、欧米日が一致した対応をとってきたことに端的に示されている。まさに市民社会と市場経済の秩序を維持し、これまでの経済流通と国際交易を確保するということにある。最もウクライナ戦争での経済分析では、これまで以上に、米軍産複合体の権益ということ等も、特に分析することが必要となる。他方、労働者人民の側は、全体主義ファシズムと闘うことで、階級闘争の法制的根拠などとなる「民主主義法秩序」を防衛することができるという、ことである。これはウクライナ戦争においては、ウクライナ軍の「指揮権」の下で闘う、ウクライナ民衆のパルチザンの戦いが、示してきたことに象徴されることだろう。そうした、資本家階級の資本主義経済秩序の利害防衛との「共闘」が、反ファシズム闘争では、実現する状況ができ、選択肢が選択されることがあるということであり、それが、まさに、ウクライナ戦争においては、選択されてきたということだ。

 まさに武装し市民社会に襲いかかる全体主義ファシズムに対しては、市民社会の一致した抗戦が、必要だというのが、本論論者の立場だ。

 一方、合衆国はガザ虐殺戦争では、イスラエル寄りであるが、アラブ世界にも配慮している。
 これは、ガザ虐殺戦争の戦後以降の、後述するようなガザのパレスチナ住民のシナイ半島への強制移住計画(例えば、yahooニュース2023年11月1日、川上泰徳氏の記事「ガザ全住民をシナイ半島に移送:流出したイスラエル秘密政策文書の全貌。ネタニヤフ首相の『出口戦略』か」参照)やガザ更地化での開発利権、さらに後述するようなガザ沖合の油田開発などとの関係で、どのようなスタンスが、妥当かを探っているということに他ならない。

こういうわけで、合衆国の議会では戦争予算の構成の仕方で、端的にはウクライナ戦争予算について、もめに・もめているのだ。クレムリンの侵略の前までは、ウクライナは基本的に、経済的には、中国との貿易をトップクラスの貿易相手国として、まさに「一帯一路」でやっていた国家だ。だから「戦後は信用できない」ということが、合衆国議会のなかの勢力の中にあるのではないか? 

 そういう、錯綜した情勢を、帝国主義国の「資本蓄積」戦略の多極性から分析してゆくのが、資本主義批判の革命的左翼の理論的スタンスだと考えるものである。もちろん、この「資本蓄積」戦略の対極に存在するのが、全世界の被搾取階級・プロレタリアートであり、被抑圧民族だ。

 まずこの点、まず初めの論点提起として、確認しておくことにする。(つづく)


2023年7月23日日曜日

書評「資本主義のオルタナティブとは何か――白川真澄『脱成長のポスト資本主義』(社会評論社、2023)」渋谷要

★研究所テオリアの「テオリア」編集部からの依頼原稿です。

2023年7月10日「テオリア」130号に掲載。 


書評・資本主義のオルタナティブとは何か――白川真澄『脱成長のポスト資本主義』(社会評論社、2023年)

渋谷要(社会思想史研究)

●はじめに

コロナ・パンデミックとウクライナ侵略戦争などによる、経済ナショナリズムの台頭―例えば中国依存経済からの脱却という先進国の政策や米中覇権争いに関連した「台湾有事」問題、「気候危機」、格差拡大などが複合して進んでいる。これらはグローバルな金融化資本主義・経済成長主義によって生み出されたものだ。これに対し白川真澄氏(以下、著者とする)は、資本主義のオルタナティブを「脱成長」として提起している。

第Ⅰ部「オルタナティブは何か――資本主義を超えて」で著者の社会変革の核心と考える事項を展開し、第Ⅱ部「資本主義の現在と行方」では、第一部の問題意識のもとに、とりわけリーマン・ショック以降の経済分析を展開、グリーン成長論、デジタル資本主義、岸田政権の「新しい資本主義」などを批判していく。例えば巨額の財政出動が民間の資産を富ませるというMMT(現代貨幣理論)に対する著者の批判(208頁以降)では、民間の黒字=貯蓄が増えても、豊かになるのは富裕層だけだと論じている、私としてもMMTに反対だ。

※また、「コラム」として「国家権力を取る革命から自治の革命へ―ロシア革命から100年」など、ロシアのミール農耕共同体に間接した、思想論も書かれている。

ここでは第一部、とりわけ「協同組合」と「地域通貨」の二つに焦点を当てる。

 

●現代の資本主義の「特徴」

まず本書の全体像を知るには次の論点が重要だ。著者は「乗り越えるべき資本主義」として、「五つの特徴」をあげる(本書3839頁…以下カッコ内の数字は頁を示す)。

(1)資本主義では、利潤があげられるものなら「どんなに有害なもの(武器、欠陥ある商品)であっても」商品化する。

(2)その場合、「あらゆるモノや活動を商品化し」、市場経済化する。「本来は“誰のものでもなく誰もが利用できる”共同の富、すなわち《コモン》まで商品化される。森林・土地・水から医療・情報などまでも私的に囲いこんで」売りモノにする。

(3)「労働力を商品化」する。「時間決め」で売った労働力は、労働・生産過程で雇い主の自由になり、労働者の意にそぐわない労働であっても拒否できなくされる。

※著者が59頁で述べているように、経済学者の宇野弘蔵が資本主義の乗り越えを「労働力商品化の廃絶」と指摘したというのは重要だ。資本主義的商品の生産は、社会全体における利潤原理の下、どんなものでも生産できる労働力の商品化(「資本の本源的蓄積」という)の創出をもって初めて可能となる。「商品による商品の生産」ということだ。

(4)資本主義は「経済成長を無限に追い求め」、「アクセルしかなくブレーキがないシステム」だ。それは「金融や情報というバーチャル空間」を拡大させている。

(5)「グローバル化を無制限に進行させる」。グローバル化は、商品の移動のみならず資本・生産拠点・労働力などの国際的な移動を組織してきた。それは「先進国による『南』の資源と労働力の収奪(不等価交換)の構造が確立・固定化される過程」であった。この土台の上に「多国籍企業の主導する単一の世界市場が全地球を覆いつくす新自由主義的グローバリゼーションが進展してきた」(38~39)。

 

●資本主義からの脱却

著者はこうした資本主義から脱却し「人々の社会的必要性を充たすための経済」への転換をと主張する。78頁からの「五つの柱」の定義づけと合わせて見ていく。

(1)【脱利潤原理】…利潤至上主義ではなく「使用価値」の有用性に価値を置く経済。「尊厳をもって生きる上で本当に必要なもの」として(41)、例えば医療・保育・食糧・ごみ処理などのエッセンシャル・ワークに関するものが重要だ。その場合エッセンシャル・ワークの報酬の低さが問題である。これは「労働者一人あたりの付加価値(売上高)の差からきている。生産性の産業平均を100とすると情報・通信175・0」などに対し「医療・福祉は57・7にとどまる(2018年)」、この是正が必要だ(41)という。

 (2)【脱商品化】…「商品化を抜本的に制限し、<コモン>を人々の手に取り戻し」「人びとのコントロールの下に置く」。例として「再生可能エネルギーの地域自給」=「地域住民の協同組合によるエネルギーの生産と管理」。「ワクチン開発の知的所有権撤廃」で『南』の世界の人々が安いコストで得られるようにする等をあげている。

(3)【脱労働力商品化】…「労働者協同組合でのとりくみとして労働時間の短縮・労働内容の労働者による選定・最低所得を一律に給付するベーシックインカム」などが課題となる(43)。

(4)【脱グローバル化】…「グローバル市場を規制する」。「モノ・お金・仕事が地域内で循環するローカルな市場…住民による助け合いや地域通貨は地域に固有の活動だ」、「協同組合あるいは信用金庫や信用組合も地域に深く根差すことでその強みを発揮できる」とのべる(44)。

グローバル経済の機制としては、「自立した自治体の連帯」のもとで「国家の力を利用して」規制を作り出す。

例えば「巨大IT企業に対するデジタル課税や共通の法人税最低税率、金融取引税などを導入する。…農産物の輸入自由化を規制する。遺伝子組み換えやゲノム編集の作物を禁止する。種子の自家採集の権利を保障する」。「資源採掘のための巨大開発を中止させる」などをあげている。(45)。

(5)【脱成長】…「脱成長社会に転換する」。その場合「新しいモノを大量生産し続けるフロー(=GDP)重視の経済から、蓄積されたストックを活用し共有する経済への移行」が重要だ。社会的必要性の充足を優先しケアや農業や再エネが経済の中心になることは、人手を多く要するため生産性の高くない分野が大きな比重を占めることを意味する」。それは「経済は成長しないが、雇用や働く場を」拡大するものだと述べている(45)。

  

●協同組合と市場経済とのストレス

  かかる構想を実現するのが「非営利性を原理とし環境の保全や福祉の充実などの社会的目的を追求する経済活動を展開する『社会的連帯経済』である」(82)と著者はいう。その機関としては「JA、信用組合、労働金庫」等々あるが、 「なかでも協同組合は、社会的連帯経済の最も主要な担い手の一つである。…組合員自身による経営の民主的管理」、「これが資本主義的企業や国営企業、つまり経営方針の決定は経営者や大株主、あるいは政府や官僚が行い、人びとは単なる労働者や消費者としての受け身的な立場に置かれる企業との大きな違いである。…自己統治型の企業といってもよい」と論じる(82~83)。

だが問題はここからだ。 「協同組合は…市場経済の激烈な競争の中に組み込まれている」ということだ(85~87)。

協同組合は「株主への配当や経営者への高額な報酬が不要な分だけ、コスト面で優位に立つ」→だが「大企業の価格競争力は製品の大量生産や資材・商品の一括購入、低賃金の非正規雇用の利用などによって圧倒的に強い」→「これに対抗しようとすると、低賃金・長時間の労働や従業員の削減といった資本主義的な方法に頼りがちになる」。

また生活協同組合は、有機栽培の直販など「価格面よりも品質面で優位性を発揮してきた」が→「大企業も消費者の安全性志向の高まりに対応して、大手スーパーが有機栽培や農家直接契約の農作物を供給するようになった」→「そこで、多くの協同組合は、事業規模の拡大や売上高の増大によって資本主義的大企業との競争で生き抜く安易な道を選んだ」→「事業拡大やコスト削減のために、労働者に低賃金労働を強いる。ワーカーズコレクティブの労働が、しばしば…非正規雇用と同じようになってしまう、といった事例も報告されている」などなどだ。

これらの解決のため「『適正な事業規模』の論理をつらぬく必要がある」ということだ。そうした事業体の「多種多様な協同組合」が「相互協力のネットワークを形成することが問われる」と著者はいう(85~87)。

こうした協同組合型の経済の運営で、欠くことのできない前提が、「市場経済の規制・限定」だ。「<コモン>である水道、電力、交通機関、医療、介護、教育、住宅などは、価格を付けられるとしても市場における<商品>として扱わない」。つまり需給関係によって価格が決まるものではなく「無償・低価格」で提供されるものだと論じている。それには「ローカルな市場を拡大」し、「地域内循環型経済」をつくることが必要だと提起している(90)。そこでは農業、中小企業、地方の経済が高い評価を受けるようになる。

 

●地域循環型経済——ミュニシパリズム

この「地域内循環型経済の成功にとってカギを握るのは、おカネがローカルな経済にとどまり地域内で循環することである」。グローバル化・金融化は、地域から集められたお金が、金融機関に集積し、海外での運用や投機に回される。消費された賃金は、全国的なチェーン店を経由し地域の外に出ていく。こうしたマネーを「地域に埋め戻し、人びとがコントロールできるような仕組みを創る必要がある」(94)。

こうしたローカリズムの最新の流れは「ミュニシパリズム」だという。著者は岸本聡子氏の「地域自治で、グローバル資本主義を包囲する」(『世界』、202011月号)、『水道、再び公営化』(2020年、集英社新書)などでの論考・論説を援用しつつ展開する。「グルノーブル市では食材を『公開入札』で多国籍企業から買わされる方式をやめて、地元の企業や協同組合から購入する」(学校給食の公共調達)…「それによって、学校給食、病院食、介護施設の食事の食材は、近隣農家から集めることになる」(95~96)など、いくつかの事例をあげている。

こうしたミュニシパリズムは、「国際主義、すなわち世界中の地域自治の運動との連携」を重視している。「新自由主義を脱却し、公益とコモンズを中心に置く自治を実現したいと考える都市と都市が国境を越えて協力しあおう」という実践だ(96)。

 

●ひとつの核心としての地域通貨

このポイントが地域通貨だ。「グローバル経済で流通する貨幣は、金ではなく、国民国家が発行する特定の通貨」だ。ドルが基軸通貨となっているが「私たちが前提にすべきは、貨幣の発行主体が多元化していくという流れである」(101)。

著者は「地域通貨は、多くの場合にドルや円などの国家通貨に換金できず、特定の地域内でしか流通しないという特性をもつ。…その特性が逆に重要な効果を発揮する」。「地域内で生まれた所得が外へ流出する(地域外で買い物に使われたり、企業の売り上げが東京の本社に吸い上げられたりする)ことを防ぎ、地域内でマネーが循環する有力なツールとなる」。「地域の商店や企業ができるだけ多く参加し、人びとが日常的な買い物や取引に地域通貨を用いるようになることが必要である。…デジタル技術と地域通貨を結びつけることが重要になる」(102)としている。評者(渋谷)も以上のような提起から大いに学んでゆきたいと思う。

(しぶや・かなめ 元「季刊 クライシス」編集委員(1984年第三期~90年終刊))

 

2023年6月24日土曜日

連邦離脱の自由と民族独立・解放闘争――ウクライナ徹底抗戦の理論的裏づけについて 渋谷要

 

以下の論考が、『情況』に発表されてから、一ヶ月が経過しました。地理的な都合等々で、入手困難な方々がおられます。ここに、掲載します(2023・6・24)。

 

『情況』(2023 春号/2023・5・20発行/264~270頁に掲載)

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連邦離脱の自由と民族独立・解放闘争――ウクライナ徹底抗戦の理論的裏づけについて 

(『情況』(2023 春号/2023・5・20発行/264~270頁に掲載)

★注釈★本文中、一か所、加筆した箇所があります。可視化できるように、★★★~★★★で、示してあります。

最終更新 2023・6・24 22:36

 

著述業  渋谷要

●はじめに——戦況と抗戦闘争

 

本誌『情況』前号では近代法思想の「抵抗権」を軸として論述したが、本論では「民族独立・解放闘争」の文脈での展開である。 

 今は233月下旬だ。戦況は一進一退の状況だ。東部、ドネツク州・バフムトでの攻防が現在の焦点となっている。一方、ロシアとベラルーシでは反クレムリンのパルチザン活動が展開している。ベラルーシでは例えばロシア軍機早期警戒管制機「A50」が、首都ミンスク近郊のマチュリシチ飛行場で闘争により損傷した(朝日新聞デジタル227報道)。またロシアとベラルーシの反体制派で組織し、ウクライナ軍の指揮のもとにある「自由ロシア軍団」(約500名以上)の活動が顕著だ。これに対しクレムリンは同部隊を「テロ組織」に指定した(23年3月)。他方で、ICC(国際司法裁判所)は、プーチン他一名を、戦争犯罪者として逮捕状をとった。ウクライナの子供たちを多数ロシアに強制移住している容疑である。

 かかる中でプーチンは、ベラルーシに戦術核兵器を、シベリアに射程1万キロのICBMを配備すると表明した。一方、欧米側のウクライナへの武器供与も展開している。英国による劣化ウラン弾供与については本論者(渋谷)は反対を表明する。ウクライナ戦争の世界核戦争への転化を阻止せよ!

クレムリンに対するウクライナの抗戦目的は鮮明だ。「ロシアによる占領地を奪還し、完全解放を勝ち取ること」だ。ウクライナのグループ「社会運動」をはじめとする抗戦をたたかう民衆運動に連帯しよう!その場合のポイントは、後述するようにレーニン反戦思想に依拠すれば侵略国・ロシアにおける反戦闘争としての「革命的祖国敗北主義」と、これに対する被侵略国・ウクライナにおける「革命的祖国防衛主義」が正義の形となるということだ。

 

●近代ロシアによるウクライナ抑圧の歴史——その概観

 

 以下のタイムラインは、プーチン論文「ロシア人とウクライナ人の一体性について」(2021年)の「一体性」ということの欺瞞性を批判するものだ。

まず《本論をつらぬく、用語上のポイントを指摘》しておく。ソ連邦の「連邦構成共和国」(「独立共和国」として連邦からの離脱の自由がある)と、ソ連邦の各独立共和国の中にある「自治共和国」(共和国からの離脱の自由がない)との権利における違いが重要だ。後述するようにレーニンのスターリンに対する批判においても重要な概念をなすものだ。

 

(1)【連邦構成共和国】 1917年キーウで「中央ラーダ(ソヴェト)」成立し、11月ウクライナ人民共和国が成立したが、この政権は10月革命を否定したため1918年以降、ウクライナとソビエトは戦争状態に突入した。1920年ソ連のウクライナ・ポーランド連合軍に対する軍事的勝利ののち、192212月ソ連が結成された。そしてウクライナ社会主義ソビエト共和国(他に、ロシア、白ロシア、ザカフカース)が、ソ連邦の連邦構成共和国となる。また、クリミア半島は、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の一部としてのクリミア自治社会主義ソビエト共和国となった。

 (2)【マフノ反乱軍・ウクライナ「自由地区」】 ロシア革命・内戦期(1918~21年)、ウクライナでは、ドイツ軍の侵攻に対し、マフノたちの無政府主義運動・「ウクライナ革命反乱軍」が、ドイツ軍に対するパルチザン戦闘を展開した。他方でマフノたちはボリシェビキと左翼エスエル(SR=社会革命党)を、「国家権威主義者」としていた。マフノたちのウクライナ「自由地区」(解放区)では、これら国家権威主義者の「言論の自由」をみとめたものの、彼らの権力の樹立を禁止した。だから、白軍撃退(赤軍と共闘)以降は、赤軍と闘うことになった。

総じてマフノ革命反乱軍は、ドイツ軍、ヘトマン反動体制、デニキン、ウランゲリなどの白軍=反革命軍、ボリシェビキの赤軍と戦った後、1921年初旬以降、赤軍の奇襲を受ける等、本格的な激戦となり、マフノたちはフランスに亡命する。そこで「アナキスト総同盟綱領」を発表する。このテーゼは戦後アナキスト運動に波及してゆく(詳しくはアルシノフ『マフノ運動史』、社会評論社、2003年刊等参照)。

(3)【農業集団化―ホロドモール】 192830年代中期。ソ連の工業化政策とともに、強権的な「農業集団化」が始まる。これが、クラーク(富農)とみなされた農民、集団化に敵対した農民に対する家畜の屠殺や、政府調達ノルマとして収穫物の大量収奪、住民の強制移住などを展開する政策になり、大飢饉(ホロドモール)を生じる結果となった。数百万人の餓死者が出た。(※この時期、クレムリンのウクライナ共産党に対する「粛清」がおきている。が、その問題については、別稿にゆずる)。後述するようなレーニンの民族解放思想とソ連結成の位置づけの意思統一を破壊した、スターリンの大ロシア主義的ウクライナ隷属政策の発動だ。

(4)【独ソ戦】1930年代後期~1945年の第2次世界戦争期では「大祖国戦争」といわれた対ナチ戦の勝利の中で展開した。ウクライナ自身は、独ソ戦で、多大な破壊にあった。この戦争で、マフノ以降、鮮明な形で現れたウクライナ独立派が「ウクライナ蜂起軍」(この軍の評価そのものには立ち入らない)だ。ドイツ軍、赤軍と交戦した。 ウクライナの祝日「祖国防衛者の日」は、2014年マイダン革命以降、蜂起軍結成の日、1014日となっている。

(5)【制限主権論と独立】 戦後、ウクライナは、ロシア共和国とは独立の連邦構成共和国として、白ロシア共和国(現・ベラルーシ)とともに、独自に「国連」に議席をもった。だが、「制限主権」(1968年チェコ・「プラハの春」事件などで確立された)というクレムリンによる、連邦構成国や東欧諸国——つまり「ワルシャワ条約機構」を守るために、必要とあれば、その一国の主権が制限されることは正義であるという帝国的支配が、ソ連・東欧圏崩壊まで存在した。1956年のハンガリア革命などがクレムリンによって弾圧された事件もこうした考え方によっている。

一方、1954年、クリミア半島はロシアからウクライナへ移管された。

ウクライナは91年、ソ連崩壊を契機に独立し、「ウクライナ共和国」をへて「ウクライナ」に改名している。

(6)【侵略と徹底抗戦】だがロシアは、2014年、ウクライナ民主化のマイダン革命に対する反革命としてクリミアを一方的・軍事的に併合した後、東部(ドネツク・ルガンスク両州)の実効支配にのりだした。22年ロシア、ウクライナに軍事侵攻。以上が、ロシアのウクライナに対する<民族抑圧>の歴史だ。プーチンの言う「一体性」など大うそだ。

 

以上、歴史を概観した。そのうえで問題は次のように立てられる必要がある。前号で書いたように、プーチンは、レーニンがウクライナを「連邦構成共和国」(分離の自由の権利を承認)にしたことを批判し、「自治共和国化」を提案したスターリンの再評価とともに「大ロシア主義」を表明している。ロシアへのウクライナの隷属・同化を強制するものだ。そして従わない奴は殲滅だと侵略をしかけてきたのだ。それはどういうことなのか?ここで歴史を遡及しよう。

 

●ロシア共和国と「構成(独立)共和国」との関係——大ロシア主義を批判

 

最も基本的なことは、ウクライナを独立共和国の一つとして、192212月成立した「ソビエト社会主義共和国連邦の成立に関する条約」をめぐる問題である。

レーニンの闘いによって、ロシア共和国への諸独立共和国の「加入」(スターリンの提案)ではなく、ロシア、ウクライナなどの諸独立共和国が、その条約で「ソビエト連邦に統一する」という位置づけや「離脱の自由」が、どのように明記されたかということだ。

まず「連邦構成共和国」の位置づけの問題。レーニンの「ソヴェト社会主義共和国連邦の結成について(ロシア共産党(ボ)中央委員会政治局員たちのために、エリ・ベ・カーメネフへあてた手紙)」(19229月)では、次のような問題があると指摘された。

「同志カーメネフ! スターリンから、諸独立共和国のロシア社会主義連邦ソヴェト共和国への加入にかんする彼の委員会の決議をすでに受け取られたものと思います。……私の考えによれば、問題はきわめて重要なものだ。スターリンは事をいそぎすぎる傾向が多少ある。あなたによく考えてもらわなければならない。……スターリンはすでに、一つの点で譲歩することを承認した。すなわち、第一項で、ロシア社会主義連邦ソヴェト共和国へ『加入する』という代わりに次のようにする――『ロシア社会主義連邦ソヴェト共和国と正式に合同して、ヨーロッパおよびアジアのソヴェト共和国連邦を結成する』…同権の共和国の連邦をつくりだすことがたいせつである」(レーニン全集第42巻)ということだ。大ロシア主義は退けられた。

EH・カー『ボリシェビキ革命(1917―1923)』第一巻「第三篇 分離と再結合」(みすず書房)では、内戦期の赤軍への動員での<各地域の均一化>が、自治共和国と独立共和国の違いを曖昧化させ、後景化させたという分析がある。

 

●「離脱の自由」の重要性――民族抑圧の歴史的対自化

 

次に「分離の自由」の問題。レーニンは「少数民族の問題または『自治共和国化』の問題によせて」(19221230日~31日、レーニン全集第36巻)で 「『自治共和国化』の企ては根本的にまちがって」いるとして、『同盟からの脱退の自由』を反故にするなと主張した。その意味であるが、レーニンは、「ウクライナ」(1917628日、『プラウダ』第82号。レーニン全集第25巻)では「分離の自由」に関する考え方を次のように表明している。

 「のろうべきツアーリズムは、大ロシア人をウクライナ人の絞刑吏にし、ウクライナの子弟に母語をかたり母語でまなぶことさえ禁止した人々に対する憎悪を、あらゆる方法でウクライナ人の心のうちに、はぐくんだのである。…ロシアの革命的民主主義派は、この過去と手をきり、ウクライナの労働者・農民の兄弟のような信頼を自分に、ロシアの労働者・農民にとりもどさなければならない。自由な分離の権利をふくむウクライナの権利を完全に承認することなしには、それを取りもどすことはできない」と。

9221230日、ソ同盟第一回ソヴェト大会では、ソヴェト共和国同盟の成立に関する決定を採決し、「連邦構成共和国」の「分離の自由」が明記された。

こうしてスターリンの大ロシア主義は否認されたのだ。

 

●プロレタリア革命と民族解放闘争の結合とは何か――レーニンのテーゼ

 

民族解放の問題についてレーニンは、「プロレタリア革命の軍事綱領」(レーニン全集第23巻。1916年執筆)で、革命論における位置づけを明記している。

この文章は「オランダやスカンディナビアやスイスで、この帝国主義戦争における『祖国擁護』という社会排外主義のうそとたたかっている革命的社会民主主義者のあいだから、『民兵、または人民の武装』という社会民主主義者の最小限綱領の旧来の事項を、『軍備撤廃』という新しい条項とおきかえるべきだ、という声があげられている」。これに対するレーニンの反論として書かれたものだ。

「内乱もまた戦争である。階級闘争をみとめるものは、内乱も認めないわけにはいかない」。そして「一国だけでなく全世界でブルジョアジーを打倒」した後に戦争はなくなるだろう。レーニンは、そう論じた後、次のように言う。「われわれは、言葉にごまかされてはならない。たとえば、『祖国擁護』という概念が多くの人々ににくまれているのは、日和見主義者やカウツキー派が、今の強盗戦争におけるブルジョアジーのうそを、この概念によっておおいかくし、あいまいにしているからである。……帝国主義的大国にたいする被抑圧民族のがわの『祖国擁護』を否認したり……勝利したプロレタリアートの戦争でプロレタリアートのがわの「祖国擁護」を否認するのは、まったく愚かなこと」だと。

総じて「この時代は、かならず…第一に、革命的な民族的蜂起と民族戦争の、第二に、ブルジョアジーにたいするプロレタリアートの戦争と蜂起の、第三に、両種の革命戦争の結合等々の可能性と不可避性を、生み出さざるを得ない」と。

 

●自己解放のためには「軍事教練」を利用せよ

 

さらにそこでの主体的課題としてレーニンは言う。「これにくわえて、さらに次の考慮がある。…武器の使い方に習熟し、武器を持とうとつとめないような被抑圧階級は、抑圧され、虐待され、奴隷としてとりあつかわれても仕方がない」。

だから「軍備撤廃を要求するだけでよいのであろうか?被抑圧階級の婦人は革命的であり、彼女たちはけっしてこのような恥ずべき役割に甘んじないだろう。むしろ彼女たちは、その息子たちにむかってこう言うだろう。

『おまえはまもなく大人になって、銃をあたえられるでしょう。銃をとって軍事知識をすっかり、しっかりとまなびとりなさい。この知識はプロレタリアにとって必要なものです。だがそれは、いまこの強盗戦争でやられているように、そして社会主義の裏切り者どもがそうしろとすすめているように、おまえの兄弟たちを撃つためにではなく、おまえ「自身の」国のブルジョアジーとたたかうために、…ブルジョアジーにうち勝ち、彼らを武装解除することによって、搾取と窮乏と戦争をおわらせるために、必要なのです』」と。「プロレタリアートの武装」が求められていると、レーニンは力説する。ウクライナ抗戦では男女とも志願兵が多数存在するという。例えば「領土(地域)防衛隊」の民兵となって闘うことだ。

※マルクスの民族問題については、マルクス・エンゲルス全集第16巻のアイルランド問題に関する所論、とりわけ原書ページ(409)から始まる「非公開通知」の「(5)」を参照せよ。「他の民族を隷属させる民族は、自由にはなれない」と表明している。

 

●いろいろな「和平案」とグローバル・サウス——交渉と抗戦の方向性

 

最後に和平交渉をめぐる動きを見ていこう。今後の抵抗闘争の方向性と直接の関係があるからだ。20233月下旬、中国中南海・習近平主席は、ロシア・クレムリンにプーチン大統領を訪問した。この訪問の主要点が、「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」という和平案だ。だが、①ロシアが侵略者であり、ウクライナが被侵略国であるという明確な定義はどこにも書かれていない。②ロシア軍のウクライナからの撤退が書かれていない。ロシアによる占領地の既成事実化が前提となっている。③「ロシアとウクライナが互いに歩み寄る」などとしている。両国は同罪だとなってしまう。総じてロシアの侵略と戦争犯罪を隠ぺいしている。

  かかる中南海の立ち位置は、グローバル・サウスの有力国が、対ロ制裁に参加していない状況を反映するものでもある。例えばインド、南アフリカ、ブラジルなどは、ロシアへの経済制裁、ウクライナへの武器供与をしていない。こうしたグローバル・サウスの主要国は、G20に入る諸国家だ。これらの諸国には、G7とは違ったロシアや中国との政治経済関係がある。さらにロシアに逆らえば、モルドバでこの間、暴露されたような政権転覆工作などに遭遇する危険もある。つまり<欧米日—対―中・ロ>の世界的な市場争闘戦のなかで、一方に与しても、自国の権益を保持することはできない。こうした関係の中で中南海は、自分たちの「一帯一路」などの権益に沿った「和平」なるものを目指しているのだ。

4月に入りブラジル大統領が「ウクライナのクリミア領有権放棄」を条件とした「和平案」なるものを表明した。近々に訪中し習近平と会談する。また「和平」の多国間グループを創設するという。この企画はクレムリンを免罪する可能性がある。

「クリミア」の焦点化は、4月初旬(2023年)、ウクライナのシビハ大統領府副長官がイギリスのフィナンシャル・タイムズのインタビューで、「ウクライナ軍がクリミア半島との境界に達することができれば、外交交渉を始める用意がある」との発言にも表れている。発言は一方で「クリミア奪還」を排除しないとした。つまりブラジルの表明する「領有権放棄」とは対立するものだと考えるべきだ。

クリミアは第二次大戦後、ソ連領内で、ウクライナに移管するまで、ロシア共和国の「自治共和国」だった。2014年ロシアへの併合以降は、独立した「クリミア共和国」としてロシアの構成共和国になっている★★★(2020年、ロシア憲法改正で領土割譲禁止条項——「国境線確定」は例外とされる――が明記された)★★★。ウクライナにとっては「自治共和国」のままだ。問題はウクライナ—クリミアの住民が何を選択するかだ。だが待った!その「選択」に際しての「自己決定権」を、クレムリンは侵略者として現に阻害しているではないか。それが一番の問題だ。クレムリンはウクライナから手を引け!(2023年4月10日筆)◆