2016年5月12日木曜日

社会民主党・考


社民党が、民進党との合流を「打診」していることが、報道された。
日本の左翼の中には、戦後の「日本社会党」の幻影を未だに、頭の片隅にもっておられ、そのために、そういう「打診」に首をかしげる方もおられるかもしれない。また、沖縄をはじめ、全国で、社民党は反基地、「安保法制反対」の運動を展開しており、その点は評価すべきだという意見もあるだろう。それはそのとおりだ。だが、ここで、問題になっているのは、個々の問題ではなく、社民党が、何を自分たちのパラダイムとし、政治的ヘゲモニーを組織するときの方法としているかということだ。
 社民党は、今年の京都市長選挙など、地方首長選挙では、自民党や民主党(民進党)と、相乗りの選挙協力をつづけてきた。その地方の社会的ヘゲモニーの土俵で、自分たちの多数派獲得をめざす・政治的ヘゲモニーを確保するという社会民主主義の「王道」を順守している。日帝権力と、あるところでは闘い、あるところでは闘わない。これが、改良主義的政策路線をとる社会民主主義の基本だ。
 だが、これでは、日帝に対する「革命的祖国敗北主義」は、貫徹できないのだ。ここに、社民党のアポリアがある。社民党は、完全に<国家支配階級としての自民党>とは闘えず、民主党→民進党と同じスタンスに立っているということは、すでに「自社さ」政権以降、はっきりしている。
その決定的文書に、1990年代初頭において表明された日本社会党の「社会民主主義とは何か」という、綱領的文書がある。これで、自社さ政権も可能となったのである。

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社会民主党・考
                                       渋谷要


日本社会党は、戦後久しく綱領的文書であった「日本における社会主義への道」を最終的に放棄したのち、それに代わる綱領的文書を、日本社会党の社会主義理論センターが、1990年に発表した。それが「社会民主主義とは何か」だ。この文書の前半部分の主要部分と考えられるところを、ここでは読んでみよう。後半部分は、各論になってゆくので、ここでは、省略する。この文書は、まさにソ連東欧圏の崩壊の中で書かれており、ソ連スターリン主義は破産した、これからは社民主義だという歴史認識が伺えるものとなっている。

ここでの、ポイントだが、この文章で、もっとも、ナンセンスなのは、共産主義を戦略的に敵視していることである。

「周知のように、国際社会主義運動は、第一次世界大戦後大きく二つの組織に分裂した。一つは社会民主主義者の労働社会主義インターナショナル(一九二三年五月結成、通称第二インターナショナル)であり、いま一つはマルクス・レーニン主義者の共産主義インターナショナル(一九一九年三月結成、通称第三インターナショナル)である。この二つの組織は、傘下の党が一九三〇年代フランス、スペインで反ファッショ人民戦線政府運動を行ったさいに共闘したほかは終始、激しく対立しあった。対立の原因は、第二インターナショナルが議会主義と漸進的社会改良による社会主義の実現を主張したのに対して、第三インターナショナルがそれと真っ向から対立する武力革命によるソビエト政権の樹立を主張したことにある」(「【1】歴史的に規定された社会民主主義の概念」の「4」)と。

そして、第一次大戦における、ドイツ社民党の帝国主義戦争参戦や、これに反対したローザらスパルタクスブント虐殺、社民党:国防大臣ノスケの義勇軍(フライコール)の展開が、ナチス武装組織形成へと展開したことを、一切、覆い隠すものとなっている。

こんなことが、ゆるせるとでも思っているのか!!

社会民主主義は日本でも、戦前、改良主義の社会大衆党が日本共産党のようにも闘えず、戦時総翼賛体制にのみこまれていった。

西欧社会民主主義は単に議会主義で、日和見主義だからダメだということではなく、帝国主義の戦争を支えた民間反革命そのものだということである。まず、そのことを西欧社会民主主義者は、はっきりと自己批判するべきではないか。

例えばブレアのイラク戦争参戦などの西欧社民の帝国主義の侵略反革命参戦などは、彼らの綱領的前提である西欧民主主義的価値の防衛を例えば、共産主義からの防衛、西洋文明を否定するイスラム原理主義過激派からの防衛など、帝国主義と同一ベクトルをもってなそうとしてきた、その考え方に拠っているのだ。

そういうかれらの、ブルジョア近代の価値観から生み出されてきたのである。
そして、かれらは国際資本主義の共通の価値の防衛・利害の防衛をブルジョアジーとともにになうことで、資本主義改良のヘゲモニーをとってゆくことができると、妄想してきたのである。まさしく、戦争も労使協調でやる。これが西欧社民主義の歴史の中で、現実に展開されてきたことではないのか!! まさしく、正真正銘の反革命戦争の思想、それが西欧社会民主主義だ!


以下、主な内容について、読んでゆこう。


社会民主主義とは何か(前半部分、以下は省略)

一九九〇年七月二六日

日本社会党・社会主義理論センター

*西欧社会民主主義の立場から社会民主主義概念を整理した文書。出典は『月刊社会党』一九九〇年九月号(第四一九号)長文のため2ページに分けて掲載。 ……

(*この文書は中央執行委員会の諮問を受けて、社会民主主義の一般的考え方を整理したものである)


【Ⅰ】歴史的に規定された社会民主主義の概念(略)

【Ⅱ】 社会民主主義とは何か

 6 社会民主主義に対する今日的定義は、社会民主主義を掲げる各党が共同で作成した社会主義インターナショナルの宣言のなかから得ることができる。一九五一年、社会主義インターナショナルは創立にあたって『民主的社会主義の目標と任務』と題する宣言(フランクフルト宣言)を採択したが、この宣言は第二次大戦後の社会民主主義がどのようなものであるかを示しており、一九八九年六月に開催された社会主義インターナショナル大会で採択された『社会主義インターナショナルの基本宣言』(ストツクホルム宣言)は、社会民主主義の現時点における到達点を示すものである。以下、これらの宣言によりながら今日の社会民主主義がどのようなものであるかを明らかにしたい。

一 基本価値の実現が社会民主主義である

7
 社会民主主義は、実現すべき基本価値(基本理念)として自由、公正(平等)、連帯の三つを挙げる。政治、経済、社会、文化など人間生活のあらゆる領域で人びとが連帯して自由を実現し、公正(平等)を実現するのが社会民主主義である。

8
 自由、公正(平等)、連帯は一挙には実現できない。たゆみない民主主義的改革によって一歩一歩実現される。その意味で社会民主主義は「社会と経済の民主化、社会的公正を増大する持続的な過程である」(ストックホルム宣言)。現に普通選挙制、労働三権、社会保障などさまざまな民主的な制度が行われているが、さらに基本価値を実現するための諸政策が実現されることによって社会民主主義的社会編成はいっそう前進していく。永続的なこの過程が社会民主主義を発展させ、成熱させていく。社会民主主義が発展することによって人間解放、人間性の自由な発展が可能になる。

 9 社会民主主義は、基本価値を実現するためにどのような政策手段が最適であるかをあらかじめ決めることはしない。その国の政治的・経済的条件のもとで自由や公正や連帯を実現するうえで最適な手段を選択する。従って基本価値を実現する運動は国によって当然異なることになる。イギリス労働党はかつて国有化政策を実行したし、ミッテラン政権もその初期に国有化政策を行ったことがある。西ドイツ社会民主党は、「同権にもとづく参加」という社会民主主義の基本路線にたって企業レベルだけでなく社会レベルにおいても共同決定を追求している。「民主的社会主義をめざす各国のたたかいは、政策面での相違と立法措置での違いを示すであろう。それらは歴史の違いとさまざまな社会の多様性を反映するであろう。社会主義は、もはやそれ以上の変革も改革もできず、発展させることもできない最終的で完成された社会主義の青写真を持つ、などとは主張しない。民主的な自主決定をめざす運動には、各人と各世代が独自の目標を設定する以上、常に創造のための余地が存在する」(ストックホルム宣言)のである。

10 これに対して、ソ連型社会主義では社会主義を実現する手段は最初から決められていた。議会主義を否定するプロレタリアート独裁(共産党の一党独裁)と市場を追放する中央集権的計画経済が社会主義を実現する政治的・経済的手段であった。長期にわたる実験の結果、この社会モデルは無惨にも崩壊した。プロレタリアート独裁が社会主義の目的である自由と民主主義を圧殺し、中央集権的計画経済が国民経済を破局的停滞に導いたのである。ソ連、東欧では共産党一党独裁と中央集権的計画経済が放棄され、複数政党制と市場経済の導入が決定された。手段が目的の達成をさまたげるとき、その手段が放棄され、別の手段が選択されるのは当然のことである。

11 社会民主主義は、一つの完成された社会モデルを描くことはしない。基本価値を実現する手段は多様であり、基本価値を実現する運動は永続的であって完成した社会モデルを描くことはできないからである。民主的な経済制度や社会制度ができることによって公正(平等)が前進した、とする。それは明らかに社会民主主義の発展である。しかし社会民主主義は、いくつかの民主主義的な制度ができたからといって完成することはない。さらにより多くの自由、より進んだ公正をめざして運動が進むからである。

12 人間生活のあらゆる領域で自由、公正(平等)、連帯を実現するためには、人びとの積極的な参加がなによりも必要である。その意味で「参加と民主主義」は社会民主主義の基本路線である。社会民主主義は「最高の形態における民主主義」(フランクフルト宣言)であるといわれるゆえんである。


13,14(略)


15 政治的民主主義の行われているわが国では、憲法の規定によって国会が国家権力の最高機関である。普通選挙権をもつ国民の自由な意思によって選ばれた国会議員が、国民のさまざまな意見や利益を代表して討論し、法案の採択をつうじて国民の最高意思を決定する。国民の多元的な意見や複雑な利害が国会で調整され、国民生活のあり方が決定されていくのである。
 社会民主主義政党は国民の最高意思が決定される国会を重視し、基本価値を実現するために必要な諸法案の国会通過のために努力する。日常的な政策形成活動、法案提出と徹底的な審議、法案の成立とその実施、これが議会主義を基本路線とする社会民主主義政党の中心的活動である。

16 わが国のように国会で多数を占めた政党が内閣を組織できる国では、国会をつうじて政権を獲得することができる。従って社会民主主義政党は、国会選挙で国民の多数の支持を得て政権を獲得し、社会民主主義の基本価値を実現するための諸政策を実施する。政策が国民の支持を失い、選挙で過半数の議席を得ることができなければ、当然野に下って捲土重来を期する。

17 このように議会制民主主義のもとでは、国家権力を組織するのは結局は国民である。国民が国会議員を選び、国会の多数派が内閣を組織し、内閣が裁判官を任命するからである。現代国家はその意味でまさに民主主義国家であって階級国家ではない。自由民主主義政党が国会で多数を占めれば、国家は財界の意向に沿って機能することが多いであろう。逆に社会民主主義政党が多数を占めれば、国家は勤労国民の利益のために機能することが多いであろう。民主主義国家は国民の選択の結果、このように大資本の利益を反映することもあるが、勤労国民の利益を反映することもある。もはや大資本の階級支配のためだけの国家ではない。それは社会民主主義運動、労働組合運動が長年の苦闘の末に獲得した国家でもある。これらの運動によってかちとられた政治的自由と民主主義のおかげで、社会民主主義政党は現代国家に参加し政権政党になることができるのである。このように、現代国家はもはや一部の経済的強者のためだけに機能するのではなく、社会保障制度の発展に端的にみられるように国民のなかにある貧困と不平等をとりのぞくためにも機能する。現代の民主主義国家は、自由な選挙権を行使し、平等に政治に参加した成年男女によって形成されたものであり、それゆえ、国民的利益に奉仕することがその任務でなければならない。

18 とはいえ、現代日本国家の中枢を形成する官僚機構には、長期にわたって政権を独占してきた自由民主主義政党と財界の強い影響がみられる。政府が組織する各種審議会も自由民主主義政党と財界の政策推進機関となっている。官僚機構の民主化と各種審議会への国民参加がきわめて不十分なのである。社会民主主義勢力の力量不足の結果というはかはない。

19 権力の集中は、民主主義の実現をさまたげる。民主主義の発展のためには集権化された権カを分権化することが必要である。分権が進めば進むほど人びとの政治参加は容易になる。自治と分権によって政治的民主主義は前進する。


――――――ここまで。


以上、読んできた文章には、さまざまな問題点があるが、一点だけ指摘しておこう。


その一つに「17」全文の問題がある。


「17 このように議会制民主主義のもとでは、国家権力を組織するのは結局は国民である。国民が国会議員を選び、国会の多数派が内閣を組織し、内閣が裁判官を任命するからである。現代国家はその意味でまさに民主主義国家であって階級国家ではない」。


ここでは国家というものを、議会と議員内閣制にきりちぢめている。国家の実体をなすのは、官僚制度と常備軍、つまり軍事的官僚的統治機構である。この官僚制度には警察機構など、公的暴力機関がふくまれる。例えば民主党の改革も、官僚制度そのものをなくすわけではない。議会選挙こそ、階級支配とそのための機関を覆い隠すものにすぎない。


「自由民主主義政党が国会で多数を占めれば、国家は財界の意向に沿って機能することが多いであろう。逆に社会民主主義政党が多数を占めれば、国家は勤労国民の利益のために機能することが多いであろう。民主主義国家は国民の選択の結果、このように大資本の利益を反映することもあるが、勤労国民の利益を反映することもある。もはや大資本の階級支配のためだけの国家ではない。それは社会民主主義運動、労働組合運動が長年の苦闘の末に獲得した国家でもある」。


このようにいうことで、結局、ブルジョアジーの支配を肯定してしまっている。階級搾取をなくすためには、労働力の商品化を廃絶しなければならない。それは労働者の生産自治を通じて可能となるのであり、当然、現代国家に替わるプロレタリアの共同社会、パリ・コミューン型の共同社会、マルクス主義的に言えばプロレタリア・ソビエトに根ざした国家が求められることになる。


以上のようなプロレタリア革命を否定する社民主義の「階級支配のためだけではない」無階級国家=行政(政策)国家論は、ブルジョアジーによる生産手段の階級的領有に手をつけず、労働力の商品化は容認することになってしまう。その結果、非妥協的な階級闘争のプロレタリア革命としての決着を否定するのであるから、資本家と労働者の階級闘争の調停・統制を本来の国家の機能と考えるような「第3権力」としての国家権力をも容認する以外ないことになる。


「これらの運動によってかちとられた政治的自由と民主主義のおかげで、社会民主主義政党は現代国家に参加し政権政党になることができるのである。このように、現代国家はもはや一部の経済的強者のためだけに機能するのではなく、社会保障制度の発展に端的にみられるように国民のなかにある貧困と不平等をとりのぞくためにも機能する。現代の民主主義国家は、自由な選挙権を行使し、平等に政治に参加した成年男女によって形成されたものであり、それゆえ、国民的利益に奉仕することがその任務でなければならない」。


こうして、「現代国家」の価値観自体は、防衛すべし、ということになり、ブルジョア国家(階級国家)としての打倒の対象ではなく、改良の対象と措定される。


「(現代国家は)国民的利益に奉仕することがその任務でなければならない」という、現代国家を運命共同体とする国家の共同幻想性にまきとられた見解にほかならない。


それからさらに、この国家は、近代民主主義の市民にとって対外的にも「運命共同体」だとなり、戦争(対外的な公的暴力の発動)に際しては、平時からの労使協調を背景として、祖国防衛主義=城内平和政策がとられることになる。つまり、国家の共同幻想性が展開するのである。


マルクス主義国家論をめぐっては、国家の本質なるものが実体化され、「本質=公的暴力」説と「本質=共同幻想体」説とが論争してきたが、この社民主義との対比から、わかることは、「本質=公的暴力」説を否定することは、「本質=共同幻想体」説も同時に否定することだということだ。


「18 とはいえ、現代日本国家の中枢を形成する官僚機構には、長期にわたって政権を独占してきた自由民主主義政党と財界の強い影響がみられる。政府が組織する各種審議会も自由民主主義政党と財界の政策推進機関となっている。官僚機構の民主化と各種審議会への国民参加がきわめて不十分なのである。社会民主主義勢力の力量不足の結果というはかはない。」


こういう「18」が指摘する現実は、資本家階級の階級支配の政治委員会としてブルジョア国家が成立していることを確認するもの以外ではない。


以上は、社民主義の無階級国家=労使協調=城内平和に対する、基本的な批判的観点の確認だ。

 こうして、自社さ政権→民主党連合政権・閣内協力→民進党との合流打診。地方首長選挙での、自民、民主との相乗り選挙協力(地方的主流ヘゲモニー路線ともいうべきもの)が、展開してきたのである。



2015年11月9日月曜日

書評 トマ・ピケティ『21世紀の資本』 渋谷要


●編集者の方へ。以下の文章で書かれているrは、リターン(return)のアールであって(文中にも説明した箇所が一か所あります)、γ(ガンマ)ではありません。イタリックあるいは斜体の表記から解説書などでもγガンマとしている人がいますが、NHKEテレ白熱講義や、伊藤誠先生の論文などすべてアールとされています。


書評  世襲資本主義と税制社会国家

――トマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房、訳・山形浩生、守岡桜、森本正史、2014年、原著2013年)を読む

渋谷要(社会思想史研究)

●はじめに

本書著者のピケティは1971年生まれ。フランス人でパリ経済学校経済学教授など経済学の研究者。本書は米国(英語版)では発売三か月余りで40万部を販売した。本書は格差社会を分析した迫真の研究書である。また米国・ウォール街の「1%」の富裕層を糾弾する運動と連動するものとなっている。

例えば昨年(2014年)9月、国税庁は2013年分の「民間給与実態統計調査」を発表した。2013年に民間企業に就労した労働者の中で、年収200万円以下のいわゆるワーキングプア(貧困層)が11199000人に達していることが分かった(1994年で774万人、177%)。民間給与所得者(5535万人、会社役員を含む)の全体に占める比率は241%。この数字は安倍政権の発足1年にして前年比で30万人、ワーキングプア層が増加したことを意味している。

これに対し年収別1000万円以上の人は前年より約14万人増加して186万人、全体の4%である。4%と241%だ。両方とも増加していることが分析として重要な意味をもつ。加えて、厚生労働省の発表によると201410月の生活保護受給者は前月比3484人増の2168393人、世帯数で3287増の1615242世帯となった。これは2013年に「過去最多」といわれた水準で推移していることを意味している。格差が拡大していることがわかるだろう。こうした格差社会の進行に対し、日本の統計も含んで、その在り様を分析し、解決策を提起しようと試みたのが、トマ・ピケティ『21世紀の資本』に他ならない。


●本書での統計の方法について

本書で使われているデータは、計量経済学者で統計学者のクズネッツの米国における「所得格差推移」(19131948)の研究資料を拡大することを出発点としている。欧米日をはじめとして「課税記録」を収集し、「高所得層の十分位(上位10%――引用者)や百分位(上位1%――引用者)は、申告所得に基づいた税金データから推計」し、「それぞれの国で所得税が確立した時期から始まり(これはおおむね1910年から1920年くらいだが、日本やドイツなどの国では1880年から開始されているし、ずっと遅い国もある)」(1819頁)。

また「相続税申告の個票を大量に集めた」。これによりフランス革命以来の富の集積に関する均質な時系列データを確立できたとしている。

これらは「コンピュータ技術の進歩により、大量の歴史データを集めて処理するのがずっと簡単になった」ことに依っているという(2022頁)。

 これだけを見ても、「搾取論」を解いたマルクスの『資本論』とは全く趣が異なっていることが分かるだろう。こうしたデータはマルクスの時代にはなかった、個人の「課税記録」、「相続税申告」のデータなどの統計を用いたものであり、搾取概念よりは完全に広く<資産>(世襲)と言うものが、中心概念となっている。ここが本書の特徴だ。


●富裕層の状態=格差の状態

本書は、第1部「所得と資本」、第2部「資本/所得比率の動学」、第3部「格差の構造」、第4部「21世紀の資本規制」の4部からなっている。ここでは、第3部での格差の在り方を概観した上で、その原因としてピケティが説明している第1部と第2部、そして第4部で展開されている基本的な考え方を確認したい。第3部でピケティは次のように述べている。

「成人一人当たりの世界平均資産は6万ユーロ」(454頁)だが(1ユーロは140円前後――引用者)、「最も裕福な1パーセント――45億人中4500万人――は、一人当たり平均約300万ユーロを所有している(大まかに言って、この集団に含まれる人たちの個人資産は100万ユーロ超)。これは世界の富の平均の50倍、世界の富の総額の50パーセントに相当する」(454頁)。

この数字は、119日(2015年)、反貧困のNGO団体・オックスファムが発表した報告で2014年、上位1%が世界の富の48%を所有し、一人当たりで270万ドル(約32千万円)に達する、他方下位80%の庶民の資産は、平均でその700分の13851ドル、合計でも世界全体の55%にしかならないとしていることからも明らかだろう。

ピケティは言う。「手元の情報によると、世界的な富の階層の上部で見られる格差拡大の力は、すでに非常に強力になっている。これは『フォーブス』ランキング(長者番付のこと――引用者)に登場する巨額の資産のみに当てはまるのではなく、おそらくもっと少ない1000万―1億ユーロの資産にも当てはまる。こちらの人口集団ははるかに規模が大きい。トップ千分位(上位01%――引用者)(平均資産1000万ユーロの450万人の集団)は、世界の富の約20パーセントを所有しており、これは『フォーブス』の億万長者たちが所有する15パーセントをはるかに上回る。だから肝要なのは、この集団に作用する格差拡大の規模感を理解することだ」(455頁)。

 

●格差の原因(r>g)

ここで問題になるのは、以上のような富裕層の相続資産である。

「この根本的な不等式をr(資本収益率、リターン(return)のアール―引用者)>g(経済成長率―引用者)と書こう(rは資本の年間収益率で、利潤、配当、利子、賃料などの資本からの収入を、その資本の総額で割ったものだ。gはその経済の成長率、つまり所得や産出の年間増加率だ)、…ある意味で、この不等式が私の結論全体の論理を総括しているのだ」(2829頁)とピケティは言う(「文末注」参照)。

「たとえばg=1%で、r=5%ならば、資本所得の5分の1を貯蓄すれば(残り5分の4は消費しても)、先行世代から受け継いだ資本は経済と同じ比率で成長するのに十分だ。富が大きくて、裕福な暮らしをしても消費が年間レント(「資本所得」のこと439頁など)収入より少なければ、貯蓄分はもっと増え、その人の資産は経済よりもより早く成長し、たとえ労働からの実入りがまったくなくても、富の格差は増大しがちになるだろう。つまり厳密な数学的観点からすると、いまの条件は「相続社会」の繁栄に理想的なのだ――ここで「相続社会」と言うのは、非常に高水準の富の集中と世代から世代へと大きな財産が永続的に引き継がれる社会を意味する」(366頁)。

 第一次大戦前の「ベル・エポック」と言われた時代は、富裕層の繁栄の時代であり、労働者階級との格差は格段に開いていた。だが、二度にわたる世界戦争と大恐慌によって富裕層の相続する富が破壊され(285頁等)、それにつづく「公共政策」の必要と高度成長に支えられ191470代までは、この資本収益率と経済成長率のかい離が狭まっていた。これを底として「U字曲線」を描いて、1980年代以降――経済成長率の鈍化による労働力の削減・価値低下が構造化される他方で――富裕層の資本収益率におうじて資産が増大した(415頁)。富の不平等な分配が拡大している。ピケティはこれを「世襲資本主義」と規定する。


●富裕税論

そこで、こうした世襲資本主義に対し富裕層の金融資産をはじめとする年間所得と資産に対して累進資本課税と相続税を軸とした富裕税が提起される。

例えば「ヨーロッパ富裕税の設計図」としては、次のようである。

「パリのアパルトマンを持つ人物は、地球の裏側に住んでいて国籍がどこだろうと、パリ市に固定資産税を払う。同じ原理が富裕税にも当てはまるが、不動産の場合だけだ。これを金融資産に適用できない理由はない。その事業活動や企業の所在地に基づいて課税するのだ。同じことが国債についても言える。「資本資産の所在地」(所有者の居住地ではない)を金融資産に適用するには、明らかに銀行データの自動的な共有により、税務当局が複雑な所有構造を評価できるようにする必要がある。こうした税金はまた、多重国籍の問題を引き起こす。こうした問題すべての解決策は、明らかに全ヨーロッパ(または全世界)レベルでしか見い出せない。だから正しいアプローチは、ユーロ圏予算議会を創り出して対応させることなのだ。……各国が通貨主権を放棄するなら、国民国家の手の届かなくなった事項に対する各国の財政的な主権を回復させるのが不可欠だろう。たとえば、公的債務に対する金利、累進資本税、多国籍企業への課税などだ」(590591頁)。

 こうした「税制社会国家」(513頁)の構想は、私見では単に税制に一面化されるものではなく、格差の是正策として、地域通貨や地域の生活協同組合運動など、例えばラトゥーシュの『<脱成長>で世界を変えられるか?』作品社、2013年、原著2010年)で論じられている内容などと<接合>する必要があるのではないか。

【注】資本収益率(r)の考え方

資本収益率とは「年間の資本収益」を、その法的な形態(利潤、賃料、配当、利子、ロイヤルティ、キャピタル・ゲイン等々)によらず、その投資された資本の総額に対する比率として表すものであり、「利潤率」や「利子率」より、はるかに広い概念だ(5657頁)。

まず「α=r×β」(「資本主義の第一法則」と定義される)の式が大切だ。

αは「「国民所得」の中に占める資本の割合」である。rは「資本収益率」で民間資本(資産と意味づけられるもの)と、それが作り出した一年間の収益との比率。βは「資本/所得比率」で、「国民資本」(=民間財産(資本、資産)+公的財産で「国富」の総資本のストック)と「年間の国民所得」(年間の、資本所得+労働所得)との比率。「国民資本」が「年間の国民所得」の何倍あるかという値、6倍だったらβは6、あるいは600%となる。

例解として、ピケティがしているように(59頁)個別企業に置きかえて考えてみよう。500万(単位ユーロ)の資本で、年間100万の所得を生産し(これがβの比率で、資本は生産された所得の5年分だから、β=5で、500%)、そのうち労賃60万、利潤40万とすると(これがαの資本取得の比率で100万の所得に対して40万だから40%)、資本収益率rは8%となる(04008×5)。

この式は国民経済総体の所得の配分に関する式であって、この国民経済のレベルでの民間「資本収益率」rが、g国民経済全体の「所得と産出の年間増加率」(経済成長率)よりも、大きい状態が、格差を生み出す関係性となる(r>gと表す)。そういう状態では「論理的にいって相続財産は産出や所得よりも急速に増える」(29頁)。相続資本(資産)を多く持つ富裕層は、資本所得からごく一部を貯蓄するだけで資本の集積を増加させることができる。またそこにおいて「資本主義の第二法則」として、βはs/g(貯蓄率s割る成長率g)とされ「年間の国民所得の貯蓄率」に対して「年間の国民所得の成長率」が落ちると、「国民資本(総ストック)」の「年間国民所得」に対する比率は上昇する。世襲資本が多い者は、より多くの割合で経済資源のシェアを拡大する(175頁)。総じて、資本(資産)収益率が高い社会が、「世襲資本主義」の社会だ。

2015年3月15日日曜日

渋谷要『ロシア・マルクス主義と自由』第7章(社会評論社、2007年刊)(下)

今回が、第7章の 最終回です。一言、注意書きをしますと、ここに論じている「量子力学」は、あくまでも、廣松渉の理解に基づくものであって、それ以外の説や領域に関わるものではありません。




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 ●─ 量子力学─ハイゼンベルクの「不確定性関係」



 一九二〇年代、ニールス・ボーア、ウェルネル・ハイゼンベルクらによって確立した量子力学は、アインシュタインによっては支持されなかった。「神はサイコロをふらない」というアインシュタインの量子力学に投げかけられたことばが残っているように、電子の運動と位置の測定を確率によっておこなうものとした量子論に異和をもったのである。アインシュタインは確率論に対してはいわゆる決定論の方を支持したのだということだろう。

 アインシュタインは或る一定の定数をつかえば電子の位置は予測できると考えたが、アインシュタインに対してボーアらはそういう定数は空想上の概念でしかないと考えたのである。

 ここで古典力学と量子力学との考え方の違いを、簡単におさえておこう。

 古典力学では ①物質は、初期状態を明らかにすればその運動(軌道)を決定できる。②物質の状態は、客観的事実であり、観測によって違いが生じるべきではないということだ。これに対して量子力学は、①物質は、空間的な広がりをもって確率的に存在する。②物質の状態は、観測されることによって変化するということである。

 かかる量子力学の考え方について、その代表的なポイントをなすハイゼンベルクの「不確定性関係」から考えてみよう。

 一九二七年、ハイゼンベルクは「不確定性関係」を定立する。電子の状態の測定で観測したい事は、電子の「位置」と「運動量」の両方である。ニュートン力学では、この二つは同時に測定される論理立てである。ところがトレードオフのように両立しないといったのがハイゼンベルクだったのだ。

 電子の「位置」を測るため光をあてる。すると電子は光にはじき飛ばされる。観測する前とは運動量はすっかり違ってしまう。では電子の運動量を正確に求めようとして光のエネルギーを抑制する。これは光の波長を細かなものから長い波にかえることだ。すると長い波では電子がどこにあるのか、「位置」が解らなくなってしまう。こうして「位置」と「運動量」の両方を同時に知ることは量子力学ではできないということになったのである。観測することが、観測対象である物質の状態を変えてしまうのだ。

 つまり観測とは観測者の観測行為による物理的変化作用をつうじた観測対象総体の物理的状態の観測であり、観測者は同時に被観測的存在であり観測者から外化したところに観測対象は自立的にあるわけではない、測定を考慮した観測の確率的分析が必要になるということなのである。

 廣松渉『事的世界観への前哨』ではつぎのように言われている。

 「古典的発想では、観測的認識とは、対象そのもののあるがままをとらえることだと了解されていた。換言すればそこでは、観測者側(単なる意識だけでなく一定の観測手段をも含む)の・攪乱的影響・は原理上消去できるということ、・攪乱的誤差・を加減的に除去、補正できることが想定されていた。

 しかし例えば或る微粒子を電子顕微鏡で観察する場合、現前するのは電子と微粒子とが・衝突・している瞬間的な一状態なのであって、微粒子そのものが自存する際の状態なるものは原理上観察されない。

 現前するのは常に・知る側・(能知)と・知られる側・(所知)との一体的な状態である。観測とはこのような『能知的所知』=『所知的能知』の現前であって、ここに現前するところのものは、単なる対象的所知でも単なる認識的能知でもない」(一八三頁)。

 まさに「ボーアが『われわれは単なる観客ではなく常に同時に共演者でもある』とい」った「所以である」(前掲一八三頁)。

 まさに「古典力学の世界では人間の意志や主観には無関係に粒子の位置と運動量は精密に決まっている。それが『客観的な存在』というものではなかったか! 位置と運動量についての観測者の認識に不確定性が入るとすれば、それは人間の観測操作のまずさから来る誤差であって原理的なものではない。しかし量子論のいう不確定性はこのような誤差ではなく原理的なものである。とすれば私たち人間は観測器械の性能をどんなに向上させても量子力学的粒子の位置と運動量の双方を精密に知ることは原理的にできないことになる。そのような粒子を果たして『客観的な存在』とみなしてよいものだろうか? こうして量子力学をめぐる認識論的な疑問と論争が始まったのである」(並木美喜夫『量子力学入門』岩波新書。五四頁)。

 まさに人間の認識主観の側の、共同主観性となった一定の対象への関わりを考慮にいれた、主客未分の相での観測ということがいわれている。ここにおいて、物質の状態は客観的事実であり、観測によって違いが生じるべきでないという古典力学の考え方が否定されるにいたったということだ。

 この場合、この量子の位置づけが必要だ。

 素粒子の状態とは、アトムとしての状態ではなく、場の状態とされる。廣松は例えば、朝永振一郎の『量子力学的世界像』(みすず書房)を援用し次のようにのべている。

 「素粒子は・粒子・と呼ばれてはいるが……『場の状態』なのであり、・素粒子の運動・と呼ばれているのは、─実体的運動体の移動運動なのではなく─『場の状態の継起的布置変化』にほかならないのである。素粒子という・物質の構成単位・は、こうして、実態においては、『場の状態』なのであるから、およそ独立自存体ではなく、依他起生(他に依って生ずる)非実体であることが判る」(『哲学入門一歩前』講談社現代新書。四三頁)。

 「ついでながら、素粒子をクォークの複合体と見なすとしても、そのクォークは決して古典的発想でのアトムではなく、やはり『場の量子化』と相即するものであり、「場の状態」であることにかわりがない」(同)。

 こうして量子とは、場・諸関係において相互に継起的な運動をする状態だということが、量子力学で解明されたということなのである。

 まさに明らかなように、古典力学においてはアトムのように実体をもった原子が力学の法則(慣性の法則、力の法則、作用・反作用の法則)にもとづき、機械論的な因果律によって、絶対的な軌跡をたどるごとき、運動をすることがいわれていた、そういう実体主義的な原子論が否定されているのである。

 以上のように量子論においては電子・素粒子など量子は粒でもあり波でもあり、その現象が確率的であるという性質が解明されている。その量子の状態は例えばシュレーディンガー方程式などによって電子がどれくらいの確率でいつどこにいるか、量子が展開する可能な運動経路(一つに確定できない)を確率的に求めることができる。もはや原子をつくっている電子の軌道が、中心から一義的に確定された半径の軌道をとるとかの説明でいわれる古典的な考え方は二〇世紀の量子物理学の展開過程の中で失効したということなのである。

 つまり、この確率ということだが、「量子力学においては、電子や光子の状態というものが一つのベクトル空間中のベクトルで表わされるものと考える。……場の考えと、状態ベクトルの考えとを、うまく合わせて素粒子の理論を作り上げる」(朝永振一郎『量子力学的世界像』みすず書房。一八〇~一八三頁)のである。





 ●─ 一義一価的決定論を否定した確率論的決定の考え方



 こうした状態ベクトルによる確率的決定ということを〈考え方として〉確認しておくために、S・ワインバーグに登場願おう。電弱統一理論というものでノーベル物理学賞を受賞したS・ワインバーグは、「究極の物理法則を求めて」(ちくま学芸文庫『素粒子と物理法則』R・P・ファイマンとの共著)で次のように説明している。

 「この講演を準備するにあたって、量子力学の初歩を学んだ学部学生のレベルに合わせるようにと注文されました。けれども聴衆の皆さんの中にはこの注文通りでない人もいるかもしれません。そこで皆さんに量子力学2分間コースを準備してきました。持ち時間は2分間ですから非常に単純な力学系を考えざるをえません。一枚のコインを考えます。運動とか位置といった性質にはすべて目をつぶり、表か裏かだけを問題にしましょう。さて古典的にはコインの状態は表か裏かだけです。コインが一方の状態から他方の状態に変わるとき、古典論はどちらか一方の状態が出ると言います。量子力学では、コインの状態は単に表か裏かということでは記述できないのです。いわゆる・状態ベクトル・という一つのベクトルを指定して初めて正しく記述できるのです。このベクトルは2次元空間のベクトルで、縦・横の軸はそれぞれコインの取りうる二つの状態、表と裏です(図1参照)。矢印が裏軸(縦軸)方向を向いている場合は、コインは確かに裏が出ていると言ってよいでしょう。もし、表軸である水平方向を向いていれば確かに表が出ていると言ってよい。古典力学にはこの二つの可能性しかありません。ところが、量子力学では矢印(状態ベクトル)は中間の勝手な向きをとることができます。もし状態ベクトルが中間のある方向を向いていたとすると、コインは表が出ているのか裏が出ているのかどちらともはっきり言うことができません。しかし実際にコインを見るときは、表か裏か二つに一つの可能性しかありません。すなわち、測定の結果は二つの可能性、表か裏のうちの一つです。コインが表か裏かという測定をするとコインはある確率で表か裏かどちらかにジャンプするのです。その確率は初めに矢印が両軸となす角に依存します。

 状態ベクトルは二つの成分、表の成分Hと裏の成分Tによって記述することができます(図1)。HとTを確率振幅と呼びます。測定の結果表が出る確率は2Hであり、裏が出る確率はもう一方の確率振幅Tを使って2Tで表わされます。ところで皆さんは大昔のピタゴラスの定理(直角三角形の斜辺の上に立つ正方形の面積は他の二辺の上に立つ正方形の面積の和に等しい─引用者)を知っているでしょう。これを使えば二つの振幅の2乗の和は状態ベクトルの長さの2乗に等しいことがわかります。あらゆる可能性を尽くしていれば、その確率を全部加えると1になります。つまり振幅の2乗の和は1でなければなりません。したがってこのベクトルの長さの2乗は1です。言い換えれば状態ベクトルは長さが1でなければならない。こういうわけで量子力学においては、一つの系は長さ1の状態ベクトルで記述され、ある測定を行ったときいろいろ異なる結果が得られる確率は、その状態ベクトルの成分の2乗で与えられます。このときの系のは状態ベクトルが時間とともにどう回転するかというルールを与えることによって記述されるのです。瞬間的な短い時間内にベクトルがある角度回転するというルールが、系をに記述する処方箋です。ところでこれは完全に決定論的な処方箋になっています。状態ベクトルの時間発展は決定論であって、コインのどちらが出るかという測定をしたときに初めて非決定論が介入するのです。これが量子力学のすべてです」(八〇頁~八三頁)。

 こうして法則性が確率論的に与えられていることがわかるだろう。





 ●─ ミーチンによるレーニン哲学の神学化



 以上でわかっただろう。つまりレーニンが「唯物論」だとしていたものは、主客二元論(論理形式の観念論との同一性)、一義一価的な法則観─法則の物象化、機械論的因果律としての法則観や絶対時間・絶対空間といった形而上学的概念の受容など、まったくの「物質」の形而上学にすぎなかったということだ。一九世紀のパラダイムなのである。

 だからこそ、こうしてレーニン自らが〈真理は一定の時代において相対的に存在する〉というボグダーノフの真理論の正しさを逆に証明することになったのだ。

 だが、ここでぜひとも確認しておかなければならないことがある。このような過程はレーニンにとっては「仕方がなかったこと」だといえるのである。当時では古典物理学的自然観が科学思想上の共同主観性となっていたのだ。したがってすくなくともレーニンがそのような論陣をはっても不思議ではないといえる。

 問題はこのレーニンの絶対的真理の言説をば金科玉条とし、セントラルドグマ(一方通行的教義)とした、スターリン、ミーチン、クーシネンらスターリニスト官僚にこそあるのだ。

 レーニンの絶対的真理論は、スターリニストたちによって絶対的真理は一つしかなく、だから唯一の前衛の真理だという考えのもとに展開していくのである。相対的真理しかみとめない立場では、複数の真理が競争し、連合する。例えば、「前衛」党は複数存在することが可能になる。だが、「絶対的真理」の立場はそういう競争と連合は一つの真理への同心円的な吸収・解体、弁証法的総合への止揚の対象としてあるだけだと考えることだ。

 ある「絶対的真理」なるものにとっては、他の真理は、自分たちの絶対的真理が主張する未来を実現することとの関係では、その阻害物になるとも考えることになる。「あいつは未来の行く手を阻害している」と。こうして粛清が始まるのである。実際、ロシア・スターリン主義の歴史はそういう歴史だったのだ。

 一九〇九年に刊行されたレーニン『唯物論と経験批判論』の二五周年は、レーニンの没後一〇年目にあたり、ソ連では「共産主義アカデミー哲学研究所」の主催になる記念集会が開催された。佐々木力『マルクス主義科学論』(みすず書房)は、次のように分析している。

 「ミーチンは講演『反映論の緊要問題とレーニンの「唯物論と経験批判論」』において……『哲学のレーニン的段階』の意義をおおいに強調した。ミーチンによれば、『レーニンのあらゆる他の労作と同じく「唯物論と経験批判論」は創造的マルクス主義の模範である』。その著作は、階級闘争の一環である『哲学戦線』において、種々の観念論、なかんずく新カント派の哲学とマッハ主義、と闘うために書かれた。それはとりわけ二十世紀初頭に成立をみた新しい物理学理論にマルクスとエンゲルスの観点からアプローチしており、その意味で『二〇世紀の自然科学の唯一の真実の哲学』となりえている」とのべたと。

 一九世紀の古典力学的自然観の時代の子でしかない『唯物論と経験批判論』が「新しい自然科学の」それも「唯一の真実の哲学」とされているのである。そしてミーチンは相対論や量子論の「それら物理学の新理論の建設者たちの哲学は自然発生的には……おおむね観念論」だといい、「反映論」のみが、真理なのだ、資本主義の危機的状況に対応できるものなのだと表明したという。

 「ミーチンは……アインシュタインの相対性理論は、たしかにニュートン的時間空間表象の崩壊に導いたが、そうだからといって、人間から『独立な客観的内容があるという事実、すなわち、すべて存在するものは時間と空間の中に存在するという事実』を変更するものではない! これがレーニンの反映論の立場からする相対性理論の時間空間論の解釈だというのである。さらに、ミーチンの論難は、量子力学に関連してハイゼンベルクによって提出された不確定性関係にまで及ぶ。不確定性関係には、たしかに合理的根拠がないわけではない─このことをミーチンもはっきり認める。しかし彼は、ハイゼンベルクの認識論的観点、すなわち、原子物理学は原子の本質や構造を扱うのではなく、われわれがそれを観測する時に知覚する現象を記述するとする観点、を観念論であるとして糾弾する。不確定性関係の根底にある、観測対象に対する観測手段の攪乱的影響を現在は計量しえないのは事実であるにしても、将来は『この影響をますます精密に計量しうる方法を発見しないであろうことを意味しない』。ミーチンが、彼の畏敬してやまない『唯物論と経験批判論』のレーニンと同じく、素朴実在論の立場、『裏返しにされたプラトン主義』、に立っていることに疑問の余地はない。そしてこの立場こそが彼の、相対性理論の時間空間概念や不確定性関係についての誤解に導いているのである」(二七七~二七八頁)。

 まさにミーチンは相対性理論、量子力学をほとんど否定的にしか解釈していないことになる。相対性理論にとっては時間空間の「中にすべての物質が存在する」という表現自体が古典物理学的な表現なのである。絶対時間・絶対空間と同様、時間・空間を実体視してしまっているのだから。

 相対性理論の場合、観測者の位置(慣性系)の相違にもとづく観測結果の相違という観点が、古典物理学での観測結果はひとつという絶対的に客観的な普遍的観測結果という考え方を否定することにポイントがあるということがまったく理解できていないのだ。われわれがこれまで見てきたように、時間・空間は物質的諸関係の函数的依属関係というあり方が現象させているということにおいて、はじめて現実的な概念となるものであった。そして不確定性関係を発見した量子力学は、確率的説明を共同主観性とするものであった。

 これが結局は〈客観的真理の実在〉(法則実在論)という立場から、観念論として否定されているということである。

 かかるスターリニストの言説は結局、レーニンがマッハを観念論と攻撃したことを教義化し、これを強迫的な禁制にも似た共同観念=〈マッハ的なものはすべて否定せよ〉といわんばかりの教説にまで高め、セントラルドグマとしたことにもとづくものだという以外ないものである。





 ●─ スターリニスト哲学の陥穽



 一九六二年に刊行されたクーシネン監修の『マルクス・レーニン主義の基礎』(合同出版)でも同様の展開が記述されている。結局、二〇世紀をつうじて、次第に明らかになっていった相対性理論と量子力学の学問的地位化に対してソ連のスターリン主義官僚たちは、対応におわれ、自分たちの素朴実在論の決定的限界を白日のもとにさらけださざるをえなくなったということなのだ。

 スターリン主義自ら絶対的真理などはなく、相対的真理だけがあるということを証明したのである。

 クーシネンたちは『マルクス・レーニン主義の基礎』(第一分冊)でつぎのように論じた。

 「微視的世界の分野における諸発見と、量子力学の創始は、それ自体として科学と弁証法的世界観の最大の成果であった。物質的物体とその粒子の性質や関係は、かつての物理学が考えたように、同質、一様ではなく、物質の多様性は汲みつくされえない、ということがあきらかになった」。だが、ここからだ。「しかしながら、物理学の諸発見から他の、観念論的な結論もひきだされた」といい、「『非決定論』の流派が頭をもちあげたが、その代表者たちは、客観的、必然的連関の原理そのものを否認している。……機械的決定論のなりたたないことが科学によってあきらかにされたことを口実にしながら、決定論一般がすべてなりたたない、という結論をくだしている。……量子力学の場合も、われわれがかかわるのは、現実のすべての現象に内在している客観的、必然的連関と諸現象の被制約性であることを」(一一〇~一一一頁)無視しているというわけである。

 このような量子力学に対する理解は、その確率的真理の否定であるといっていいものだ。かかる見解は結局、クーシネンたちが「すべての現象の因果的被制約性が必然的性格をもつと承認することは、とりもなおさず、必然性の存在を承認することである……自然と社会における必然性は、もろもろの法則のうちに、もっとも完全にあばきだされている。諸現象の発生・発展における必然性の承認は、これらの現象が、人々の意志や願望から独立して存在する、一定の合法則性にしたがっている、ということの承認をともなう」。そして「法則とはなにか? 法則とは、諸現象のあいだの、または同一の現象のさまざまの側面のあいだの、深い、本質的な、固定した、反復される連関または依存関係である」(一〇四頁)とのべたのである。

 「固定した、反復される連関」!! これまで見てきたように、これでは量子力学は理解できないのである。まさに量子力学の多元的決定論、確率論を「非決定論」として批判するという決定的な誤りを生起せしめるしかなかったのだ。そもそも量子力学がどういうものかを理解できていないということだ。

 かかるスターリニストの見解こそ古典力学的な一義的決定論でしかない。スターリニスト哲学なるものは結局はこうした機械論的決定論だということが暴露されているのである。結局は一義的決定論以外はすべて「非決定論」になってしまうのである。廣松はこの一義的決定論を批判し、「多価函数的連続関係における決定」、つまり「同一の原因から二つ以上の結果がそれぞれ一定の確率で生じうる」という考えを『マルクス主義の地平』(講談社学術文庫)、『存在と意味』(岩波書店)などで表明している。そういう確率的決定ということこそが、二〇世紀をつうじて確立されてきたことなのである。

 そしてこの多元的決定論のポイントは、法則〈なるもの〉が人間の主観の側からはまったく独立に客観的に存在しているのではなく、認識する側の共同主観性を媒介とした対象への関わりとして、法則(─法則性)なるものの機制が─まさに主客未分の相において─組み立てられているのだ、ということだ。客観主義としてのいわゆる古典的な科学主義はここでは退けられることになるのである。

 だからまさにスターリニストたちの哲学的破産は、レーニンのマッハ批判のスタンスを教条化したことを土台にしているのである。

 クーシネンたちは言う。「自然は人間にさきだって存在したか?─レーニンはマッハ主義者たちにたずねた。もし自然が人間の意識によって創造されたものであり(マッハがどこでそんなことをいったというのかね─引用者)、感覚に還元されるとすれば、自然が人間をつくりだしたのではなく、人間が自然をつくりだしたことになる。ところが、自然科学によって明白なことだが、人間の出現するずっとまえから自然は存在していた」(六六頁)のだと。

 まさに、このようなマッハ哲学への完全な歪曲と主観的観念論というレッテル張り、それは「マッハ的なものを否定せよ」という神の声となってスターリニストたちのかかる「物質の神学」の世界に響き渡っているのである。スターリニストたちによる、相対論、量子論におけるマッハ的なものの否定こそ、かれらが二〇世紀の相対論・量子論を否定的に解釈せざるをえなかった根底にあるものだ。そのことが、レーニンの「絶対的真理論」における「相対的真理論」者ボグダーノフへの論難からはじまったことこそ、ボリシェビキの悲劇の始まりにほかならなかったのではないか。(了)